2018年 10月に創業25周年を迎え、指定ペイントショップとしてハーレーダビッドソンとも10年以上の付き合いになるという東京・八王子のペイントファクトリー Glanz(グランツ)。オールペンからキズがついたパーツの塗装修復と、特殊な塗装が施されているハーレーダビッドソンの塗装に関するオーダーならすべて受け付けている老舗で、全国の正規ディーラーからの信頼も厚い。カスタムプロジェクト「SEEK for FREEDOM」が発足した際の依頼先として一番に名が上がり、二つ返事で引き受けられた。
ただ、こと今回に関しては今まで以上の不安があったと、代表の高取良昌氏は言う。
「担当者の方から電話で聞かされた段階では、いまいちピンと来ませんでした。ほら、カスタムプロジェクトって言うと、今までだったらカスタムショップや正規ディーラーに任されてからウチに塗装依頼が来るじゃないですか。
でも今回デザインを受け持つのが別の業界で活躍されているグラフィックデザイナーさんだと聞かされて、プロジェクトの全容がまったく掴めませんでした。ウチの若い社員が「GraphersRock」でネット検索をかけてくれたのでウェブサイトを見てみたんですが、想像外の活動をされておられて、おかげでますます分からなくなっちゃいました(笑)」
2019年1月中旬、Glanzにて開催されたキックオフミーティングにてGraphersRock岩屋氏と初対面を果たした高取氏だが、そのときは顔合わせのみで終わる。「話だけでは、何が出てくるか分からない。叩き台でもいいから、何か見せて欲しい」。やはり実際のビジュアルを見なくては、自分たちの作業範囲が想像できない。
その翌週、プロトタイプとも言えるデザイン画が届く。
それを見て「安堵した」と高取氏は言う。
「すべて私たちの持つノウハウで実現できるデザインだと分かりました。気になったのは制作スケジュール。実現はできるけど、時間がかかるなぁ、と(笑)。どれだけお時間をいただけるか、そこがキモでした」
GlanzではGPレーサーレプリカのグラフィック制作を手がけることもあり、これまで同社が手がけた仕事ではこの制作が最上位の難易度とされるそう。GraphersRockのデザイン画を見た高取氏は、
「それと同等。ただ、細かさで言えば岩屋さんのデザインが上回っていたので……やはり今回のプロジェクトが過去最高の難易度でしたね。ただ、打ち合わせの最中から頭のなかで工程が組み立てられていて、1ヶ月あれば間に合わせられるか──という確かな感触がありました」
と考えたのだという。
細かい文字などはエアブラシではなくデカールにしようと、旧知の仲である倉本産業の担当者を二度目のミーティングに招き、綿密な工程を描きつつの具体的な話し合いがなされた。
そのなかで「ひとつだけ後悔したことがある」と漏らす高取氏。それはメッキ塗装を提案したことだ。
「メッキを貼るんじゃなくて、特殊技術を使ったメッキシルバー塗装ができるんです。キックオフミーティングの際に“こんな技術もあるんですよ”って提案した直後、しまった、これ作業をもっと複雑にしちゃうなぁ、と(笑)。そうしたらやっぱり岩屋さんのデザインに組み込まれていました。“社長、メッキ塗装やるんですか”って社員に言われたんですが、“やる!”って言い切りました(笑)」
キーカラーとなった蛍光イエローも、今回のプロジェクトを語る上で欠かせないところ。聞けば耐候性が弱い特殊な塗料で、手がけているメーカーも決して多くはない。今回用いたのはアメリカ製の塗料で、日本に残っていた数少ないひとつを入手することができた。
「初めて使うカラーだったので、どんな色になってくるか出たとこ勝負ではありました。結果的には私も岩屋さんも納得の色味でしたね」
ジャスト一ヶ月という制作期間で、計ったかのように完成予定日に仕上げ、1日の遅れもなく納品が完了。時は3月、バイクシーズン突入前、さらにモーターサイクルショーともかぶるなど繁忙期の真っ最中でのプロジェクトが同時進行となったにもかかわらず、見事に間に合わせてみせた。
岩屋氏とともに、都内某所のスタジオで完成車を目にした高取氏は、異なる感想を抱いていたという。
「岩屋さんが描いたデザイン通りの仕上がりに、ただただ感動しました。僕らの仕事はパーツだけが送られてきて、塗装したパーツをお送りしてそれで納品完了。だから、完成車を見る機会ってあまりないんです。
スタジオで見たアイアン1200は、(岩屋さんが手がけた)資料のデザイン画からそのまま飛び出してきたかのよう。改めて我が社の実力がどの域にあるのか、確かな手応えが得られました」
Glanz全社員が一丸となって取り組んだ「SEEK for FREEDOM」。なかでもキーマンとなったのは、マスキングから塗装まで実作業の中核を担った高取敬典専務だ。高取社長の実弟は、真横/真上/ディテールそれぞれのデザイン画を立体でイメージ、ペイントはもちろん倉本産業から届いたデカールを寸分違わず貼りつけ、まるでメーカーが手がけた製品であるかのような完成度を実現した。
その高取専務が「SEEK for FREEDOM」に専念できたのも、やはりGlanzの社員がしっかりバックアップしチームとして支えたからだと言う。
「経験と技術を育んできた結晶でもありましたし、大変な一ヶ月だったけど、やりきれたことで若い社員のなかに“俺たちはここまでできる”という手応えと自信ができました。Glanzとしてひとつの壁を破れた──その意味でも、このプロジェクトに携われた意義は大きかったと思います」
「SEEK for FREEDOM」をやり遂げた今、これまでと変わらず塗装のオファーを粛々とこなし続ける日々を送るGlanz。しかし彼らの手には、ハードな日々を乗り越えたことで得られた経験が息づいており、「SEEK for FREEDOM」の息吹が実感となって手がけるハーレーダビッドソンの塗装に活かされ続けている。
岩屋氏が手がけたこのアイアン1200のデザインは、確かにこれまでのハーレーダビッドソンのカルチャーにはないもの。仮にこうしたデザインを生み出せたとしても、今なおペインターと長く付き合っている正規ディーラーやカスタムショップだと「こんな複雑なデザインを出しちゃったら、予算はもちろん作業が複雑すぎて業者を困らせてしまう」と腰が引けてしまうところもあるだろう。
これまでバイクと関わる機会がなく、バイクに初めてアプローチしたGraphersRock岩屋民穂氏と、ハーレーダビッドソンの世界のトップシーンで活躍し続けたペイントファクトリーGlanz高取良昌氏。何もなければ交わることがなかった両者の実力が融合して実現した「SEEK for FREEDOM」のアイアン1200。
「やっぱり走っている姿が見たい。そして、願わくばハーレーダビッドソン本社がある米ミルウォーキーのハーレーダビッドソン・ミュージアムに展示されて欲しいですね。世界中の人がこのアイアン1200を見てどう感じ、どう評価するのか。それが知りたい」
そう語る岩屋氏。インタビューのなかで“ジャパニメーション”や“COOL JAPAN”という言葉が出たが、まさにこのアイアン1200は、1990年代テクノという日本独自のカルチャーシーンと、日本人だからこそ為し得た高い技術力の結晶と言える一台。
ハーレーオーナーにとって、自身の愛車こそがナンバーワンであることに違いはない。そこで個性を打ち出すうえでカスタムという選択肢があるわけだが、グラフィックを追求したカスタムがどんな世界を打ち出せるのか、そしてハーレーダビッドソンがどんなデザインを許容できるのか。その問いに対する壁を破った、「SEEK for FREEDOM」の意義はそこにあったと感じた。
日本のカルチャーと技術力で彩られた真新しいアイアン1200、これこそ世界中の人に見てほしい、知ってほしい。叶うのならば、もちろんハーレーダビッドソン・ミュージアムに。そして毎年11月にイタリア・ミラノで開催される「EICMA」(ミラノ・モーターサイクルショー)にたどり着いて欲しいとも思う。
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