スポーツブランドのPUMAや新進気鋭のアーティストのCDジャケットのデザインなど、独特の世界観とともに確かな実績をもつグラフィックデザイナー GraphersRock こと岩屋民穂氏。これまでのハーレーダビッドソン主催のカスタムプロジェクトだと、ハーレーダビッドソン正規ディーラーやその名を一度は耳にしたことがあるカスタムビルダーによるものだっただけに、GraphersRockのアサインから始まった「SEEK for FREEDOM」は起点からかなり特異性の高いプロジェクトであった。
自動二輪免許を保有しない岩屋氏にとっても、今回が初のバイクとの接点だったと言う。ハーレーダビッドソンからのアプローチに意外性を感じつつも、これまでにない取り組みとなる予感がまた楽しくもあった。
「アイアン1200というバイクをどうデザインするか。取り掛かる際にまず考えたのが“バイクってなんだろう”でした。クルマとは根本的に違う性質を持っていて、手軽に乗れる自転車とも違う。
エンジンそのものに乗ることによるエンジンのダイレクト感が味わえること、それでいてクルマと同じスピードが感じられる唯一無二の乗り物であることを知り、“力の象徴”、“力そのものに乗っている”イメージが深まっていったんです。
考えるほどに、バイクって実に趣味性の高い乗り物であることに気づかされ、僕自身も含めてアートや音楽といったものとはなかなか接点を持てずにいた世界だけど、むしろ趣向性が高いからこそグラフィックデザインは一層映えると思ったんです。そこから試行錯誤を重ねてこのグラフィックが生まれたんですが、思い描いたイメージそのものはブレませんでした」
岩屋氏の頭の中に生まれていった新たなアイアン1200のビジュアルイメージは、グラフィックデザイナーなら当たり前のように取り掛かるDTP(デスクトップパブリッシング / 卓上出版)でのイラストレーターによって明確に描き出された。
が、ここでひとつの壁にぶつかった。それは、二次元の世界で描かれたグラフィックを三次元のアイアン1200に落とし込む難しさだった。
「(今回ペイントを請け負ってくれた)ペイントファクトリーGlanzに最初のデザイン画をお見せしたとき、彼らの反応を見て再現の難しさを感じました。正直、このときは“イメージしているものの70%ぐらいしか再現できないかも”と思っていました」
蛍光イエローにクロームメッキ塗装、そして細やかなグラフィックデザインをどう再現するか。岩屋氏が打ち出したデザインはGlanzとデカール製作会社 倉本産業とで分担されるという大掛かりなものとなった。その製作工程を見届けんと岩屋氏もGlanzが居を構える東京・八王子まで何度も足を運び、綿密な打ち合わせを重ねた。
2019年4月上旬、都内某所にあるスタジオに持ち込まれたアイアン1200との初対面で、岩屋氏は一言も言葉を発することなく、完成車をただただ眺めた。
「言葉にならなかったですね。思い描いた以上の完成度に、どんな表現をしていいのかわからずに見つめてしまいました」
スニーカーやアパレルといった布、紙にビジュアルを落とし込むのとは違う難しさを工程のなかで感じつつ、一方で途中経過を自身の目で見るたび手応えも感じてはいた。
「このプロジェクトのなかで、Glanz高取社長は一度も“できない”って言わなかったんです。“この部分の再現方法はこの手法を使おう”など、できる可能性、できる方法を模索し提案してくれました。その姿が頼もしく、その結果、100%以上の仕上がりを見せつけてもらえたという思いです」
職人の技術力をもってソリッドなグラフィックが再現された──実に究極的なグラフィックアート・ハーレーダビッドソンがここに完成した。
「チームとしての結晶だと思います。僕らとは異なる世界で活躍するGlanzとはもちろん初対面で、お互いが何を生み出せるのか分からないままプロジェクトの火蓋が切って落とされたわけですが、Glanzが持つ一流の技術力が僕の思い描いたビジュアルを、思っていた以上の完成度で再現してくれた。ともすれば偶然性によるものでもありますが、それもまた必然的なものであったと今振り返って思います。改めて、Glanzや倉本産業の高い技術力あってこそのアイアン1200だと言えます」
そして、ハーレーダビッドソンの世界に新たな風を吹き込めた手応えも得た。
「知らないうちにハーレーの世界にあるマナーを破っていないか、ハーレーに乗っている人たちに受け入れてもらえないんじゃないか、という怖さは確かにありました。完成したアイアン1200を見た人たちの反応で、新しい可能性として受け入れてもらえた実感が今はあります。
プロジェクトのなかで自分が思い描いた“ファッショナブルなハーレーダビッドソン”のあり方をひとつ示せたことが大きな成果だったと思います。もちろんバイクはオーナーあってこそだと思うので、オーナーのスタイルからデザインするとなるとまた異なるアプローチが求められるでしょうね。そういう意味で、ハーレーダビッドソンに乗る楽しみは無限なんだと思います」
これまでバイクとの接点を持ったことがない岩屋氏にとっても大きなチャレンジとなった「SEEK for FREEDOM」。彼の言葉どおり、4月24日(金)のイベント「SEEK for FREEDOM -Exhibition-」やSNSでの反応を見るところ、新しいハーレーダビッドソンとしてハーレーオーナーにも楽しんでもらえたようだ。
それではもうお一方、長らくバイク業界で活躍してきたペイントファクトリー Glanz高取良昌氏に、このプロジェクトに関わるなかで感じたこと、そして岩屋氏とは異なる手応えについて話を伺おう。