チョッパー乗りには「痩せ我慢が美学」という考え方がある。できるだけ、快適な装備を取りはらって、極端なほどシンプルなスタイルを求めるからだ。フロントフェンダーなんて無くてあたりまえだし、ガソリンタンクもごく小さい。とても長距離ランが快適な乗り物とは思えないバイクである。しかしこれは単純な発想で画一的な一般論である。
そもそも、本格的に快適な移動だけを追い求めたら、オートバイという乗り物を選ばないだろう。オートバイにどれだけ快適装備を取り付けても、長距離移動なら飛行機のファーストクラスにかなわないし、エアコンが装備されたクルマにもかなわない。はたして、本当にそうだろうか。答えはノーである。
吉永紫さんが乗るチョッパーは、もうベースモデルが不明なほど手の込んだモディファイが加えられていて、エンジンのルックスを見ても、すぐには年代すら分からない。実はエボリューションエンジンが装着されたファットボーイがベース車両なのだが、もうその面影は微塵も残されていないほど、唯一無二のデザインとなっているのである。
「実は子供の頃からバイクが大好きで、乗りたかったんだけど、父親が乗せてくれなかった。危ないからと大反対だったんです。まぁ女の子なんだから良くある話ね。でもその父親は大のバイクフリークだったんですよ」
乗り物好きの血は、まっすぐに引いていた。少女時代から活発だった彼女を見て、お父さんは「大人になるまで反対」という姿勢を貫いたのかもしれない。自分もバイク乗りならば、危険なことは誰よりも分かる。だから、ただイメージだけで反対する「乗らない親」とは違うのだ。そんな、娘への愛情はきっと紫さんにも伝わっていたはずである。
実家を出て東京でひとり暮らし。海外旅行が大好きで、お金を貯めては旅行にでかけ、様々な国を訪れた。ダイビングも趣味だから、美しい海を目指してどんどん行きたい場所に出かけていく。だから、語学留学に行った先もマルタ共和国だった。実に行動力のある女性なのだ。
「ダイビングはいいですよ。きれいな海って最高。自由になれる。ちょっとオートバイと似てるのかなぁ」
本格的にバイクを意識しだしたのは、友人とタンデムしたことがきっかけだった。走るほどに自分のカラダを過ぎて行く風。時には優しく、時に鋭い。感覚を研ぎ澄まして自然を感じる心地良さは、やはり彼女の大好きなイメージだったのだ。そして父親が反対していた世界の扉を、とうとう開けることになった。
「最初はヤマハのSR400に乗って、次はドゥカティに乗るつもりだったんです。でも乗ってみたら怖くてダメだった。そんな時に出会ったのがこのチョッパーだったんですよ」
ビルダーは山本貴智さん。現在はカスタムハーレーショップ「セブンスタイルズ」の代表。ショップをオープンする少し前に製作したこのチョッパーに、紫さんはひと目惚れして購入を決意した。
チョッパー製作は、重いハーレーを極力軽量化することにもなる。山本さんは、女性ライダーにも乗りやすいチョッパーというコンセプトでこの1台を作り上げていた。ロッカーカバーはナックルヘッド時代の造形へと変更され、とてもクラシカルな外観だが、実際のハードはエボリューションエンジン。キックキットが装備されたセルモーター付きエンジンとして、乗りやすさを強調した。
「チョッパーって、きっと乗りにくいと思っていましたが、山本スペシャルは乗りやすいです。取り回しも軽いから楽だしね。街を流すのが好きだから、ガソリンタンクも大きくなくてもいい。私にぴったりのチョッパーなんですよ」
チョッパー乗りは痩せ我慢が美学なんてのは、彼女には当てはまらない。むしろ正反対である。我慢なんてしたくないからこのチョッパーに乗っているのだ。彼女がバイクに求めている気持ち良さが、このチョッパーにある。そんな素直で簡単な答えがここにある。それは走ってみればすぐに分かることだろう。大好きという答えは、考えて決めるものではなく、カラダが感じるものなのだ。