アメリカと同時発表となった2016年モデルラインナップを見て、日本のスポーツスターフリークがにわかにざわついた。そう、XL883Rのカタログ落ちである。しっかりと前後サスペンションが伸びた“もっともスポーツスターらしいスポーツスター”が消え、同ファミリーにはすべてローダウンモデルが並ぶことに。そこで注目を浴びたのが、この新型XL883N アイアンだ。スポーツスタータンクにナローフォーク、フロント19/リア16インチというスポーツスターらしいスタイルを受け継ぐ唯一のモデルは、「走行性能の向上」というアプローチによってどのようにアップグレードしたのか。開発に携わったカンパニーの日本人スタイリスト ダイス・ナガオ氏の言葉とともに新型アイアンを紐解いていこう。
「アイアン本来のスタイルはそのままに、より楽しく走れるバイクへと進化させること」、それが2016年版XL883N アイアンの開発企画時のコンセプトだとダイス・ナガオ氏は語る。まず以前のアイアンに乗ってみたところ、「とにかく疲れた」そうだ。その疲れの原因は、サスペンションにあった。ローダウン仕様(カンパニーでは「スラムダウン」と表現するよう)ゆえの短いストロークのサスペンション(296ミリ)だと、緩和しきれなかった衝撃がそのままライダーへと伝わってしまい、蓄積されたダメージがそのまま疲れとなっていたのだ。
ビジュアルを変えずに、走行性能を向上させる。そこで着手すべき点として導き出されたのが、【1】前後サスペンションのグレードアップ、【2】シートの再設計、【3】軽量化の3点だ。実はこの開発に際して、ヨーロッパ方面から「新しいアイアンはダブルディスク仕様にしてほしい」という要望があったという。しかし、ナガオ氏はシングルディスクであることにこだわった。
「ダブルディスクはストッピングパワーを大きく向上させますが、一方で重さが増える、そしてシングルディスクだからこその美しさが損なわれてしまうという憂慮すべき点があります。今回のプロジェクトにおいては、私はあくまでハーレーダビッドソンが生んだモデルを預かった身に過ぎません。だから、アイアンが持つ魅力的な部分を変えるわけにはいかないのです」
日本と同じくXL883Rに対する人気が高かったヨーロッパだからこその声ではあるが、ナガオ氏は新型アイアン開発に対して、ハーレーダビッドソンであることにこだわった。その姿勢の表れが、タンクに描かれたハクトウワシ(イーグル)のエンブレムだ。この鳥はアメリカ合衆国の国鳥で、同国の国章にも描かれているもの。このグラフィックを手がけたナガオ氏は、デザインコンセプトについて『アメリカーナ』と表現した。100年を超える歴史を持つハーレーダビッドソンは、アメリカの象徴、そして誇りだと言われる。その想いをダイレクトに表現するため、ハクトウワシを用いたそうだ。
ハーレーダビッドソンはアメリカそのもの――。新型アイアン開発プロジェクトチームは、そんなブレないコンセプトに支えられて着々と歩を進めていった。
【1】について、「スラムダウンしているアイアンのスタイリングは変えてはならない」という制約があるなかで、296ミリという短いストロークのリアサスペンションの開発が行われた。さまざまなメーカーのサスペンションを検証し、ハーレーらしさを失わずに快適性を生むプリロード調整機能が付いたプレミアムサスペンションが生み出された。フロントフォークのスプリングについても同様のアプローチが行われ、スポーツスター本来の風合いを生み出す39ミリフォークはそのままに、よりしなやかに衝撃を吸収できる仕様へとグレードアップ。
【2】のシート再設計には、アイアン本来のシルエットを崩すことなく、以前のものよりも個性を与え、そして快適性も備えるという欲張りな設定がすべて盛り込まれた。タックロールスタイルのソロシートはかなりやわらかい素材で作られており、サスペンションとともにライダーへの衝撃を緩和する役目を担っている。
【3】の軽量化は主にホイールだ。かつて13本スポークホイールだったものが、9スポークホイールへと激変。剛性を落とすことなく1970年代に人気を博したデザインのものを生み出したのだ。スポークの先がカッティングされ、マットな仕上がりながら陽光やネオンの光があたるとキラリと輝く心憎い演出のものに。
走り出してまず驚かされるのは、フューエルインジェクションのセッティングの良さだ。基準が高い日本仕様とするにあたって、カンパニーもかなり苦労しているものと思っているのだが、年々精度があがっていると思っていたところのこの仕上がりである。本来の性能を考えるとまだ引き出しきれていないパワーが内包されているが、ノーマル状態でここまで引き上げられているところにカンパニーの努力のあとが見えるよう。
さらなる驚きは、前後サスペンションの仕事ぶりだ。以前のモデルとは異なり、そこそこのスピードで走っていても多少のギャップ程度なら問題なく受け流してくれる。もちろんスピードがさらにあがれば衝撃も大きくなり、296ミリでは受け止めきれなくなるが、そこまで攻撃的に乗るバイクではないことを考えると、“必要にして十分”な性能と評価できるだろう。
その点で見れば、昨年導入された2ポット式ブレーキキャリパーも最低限のストッピングパワーを備えており、フロントフォークの仕上がりの良さも相まって、以前のモデルに見受けられた急ブレーキ時のリア滑りはまず起こらない。パニックブレーキによる自爆が解消され、ツーリングに出かけてもライダーの体に蓄積されるダメージは相当に軽減された。このままロングツーリングに出かけてどれほどの具合か見てみたい、そんな欲求をも引き起こす楽しさを見せつけてくれたのだ。
シートは好みが分かれるところだろう。加速時や発進時、その素材のやわらかさから体がグンと沈み込んでしまうのだ。これによってサスペンションやスイングアームに負荷がかかり、走っていて小さくない違和感を覚える。クッションのような素材が用いられるアメリカのマッスルカーに見られるカルチャーからの発想と思われるが、あともう少しコシのあるシートだと良いのでは?と勝手なことを思った。
かつてのXL883から継承したニュートラルなハンドルバーにスポーツスタータンク、フロント19/リア16インチホイール、ナローフォークと、XL883Rが消えた今、スポーツスター本来の薫りを漂わせるモデルはこのアイアンだけになった。一方で、スポーツスターがローダウンすることに小さくない違和感を覚えるフリークは数多く、「確かにニュートラルなスタイルではあるが、ローダウンしているアイアンにその系譜をまかせるのはいかがなものか」という声もあった。
しかし今回の新型アイアンは、スポーツスターの名に恥じない性能をひっさげて再登場をはたした。確かにタイトなコーナーではカンタンにバンクセンサーを擦ってしまうし、ローダウン化したアイアンはクルーザー色を強めている印象だった。しかし目の前にいたアイアンは、スポーツスター本来の“ライディングプレジャーの追求”を受け継ぎ、自身の身をもってより良いバイクへ進化しようとしている。
ブレないコンセプトを掲げたダイス・ナガオ氏の手によって生まれ変わった新型アイアンは、スポーツスターの正統後継者として名乗りをあげ、その大きな期待に応えんとしている。