ハーレーダビッドソンの2016年モデルラインナップに、「Sシリーズ」という新たなカテゴリーが加えられた。並ぶのは2モデルで、ソフテイルのFLS ソフテイルスリムとFLSTFB ファットボーイローをベースに、エンジンをCVO仕様の110ciツインカムとした文字どおりのスペシャルモデルだ。とりわけ、オリーブゴールドデニムというオリジナルカラーに大きな星が刻まれたFLSS ソフテイルスリムS(以下スリムS)の存在感は際立っており、ブラッシュアップしたXL883N アイアンやXL1200X フォーティーエイトよりも待ち焦がれていたファンも少なくないだろう。ようやく日本上陸をはたしたモンスターマシンの真価に迫った。
排気量が1,801ccにもおよぶスクリーミンイーグル ツインカム110Bというエンジンは、今なおハーレーの最上級カテゴリーとして君臨する「CVO」(カスタム・ヴィークル・オペレーション)だけに搭載が許されたハイパワーエンジンだ。過去にFLSTSE3 CVO ソフテイルコンバーチブル(2011~2012年)やFXSBSE CVO ブレイクアウト(2013~2014年)、FLSTNSE ソフテイル デラックス(2015年)と、ソフテイルをベースとするツインカム110Bエンジンを持ち合わせたモデルは存在したが、スリムSのように特別な外装ではない無垢な姿にそのまま載せるというケースは今回が初めてとなる。
2010年ラインナップに登場したCVOの2モデル、CVO FLHTCUSE5 エレクトラグライド ウルトラ クラシックとCVO FLHXSE ストリートグライドに初めて搭載されたツインカム110。以降、この110キュービックインチ仕様はCVOだけに許された特別なエンジンとして知られるようになり、それがCVOそのものを特別な地位まで押し上げていった。実際、日本の排ガス規制に合わせたセッティングに変えられてから上陸しているものの、スタンダードなウルトラと乗り比べるとパワーの違いをまざまざと見せつけられるほどだ。ウルトラやストリートグライド、ロードグライドといった超重量級モデルにとってこのモアパワーがもたらす恩恵は計り知れず、ハイグレードなビジュアルと相まって、オーナーに最高の所有感を与えていた。
オートバイとしての仕様そのものを変えずにエンジンのみオフセットしているのが、このスリムSなのだ。超重量級のツアラーモデルでさえ違いを体感できるのだから、そのスタンダードモデルとの違いが分からないわけがない。そこには、「“ソフテイルを操る楽しさ”にさらなる幅を」というカンパニーからのメッセージを感じる部分でもある。そう、エンジンから生み出されるパワーがスタンダードの比ではないのだから、ライダーにはより高いライディング技術が求められることになる。といってもスポーツバイクに求められるようなレベルではなく、むしろ「そのパワーを操ってやる」というポジティブな気概とともに楽しんでもらいたい、というところか。
ソフテイルスリムとファットボーイの2モデルに分けたカンパニーの意図も興味深い。フロントマスクをはじめスタイリングが酷似するスリムとファットボーイだが、これほど“似て非なる者”という言葉が似合うモデルはそういない。前後17インチのディッシュホイールを装着するネイキッドソフテイルでは重量級にあたるファットボーイをクルーザー型として見ると、前後16インチのスポークホイールを備えるソフテイル一軽量なボバースタイルのスリムはスポーツバイク型として捉えられる。つまり、同じ1,801ccエンジンを積んでいながらまったく別のキャラクターに分けられているのだ。
そこで、このスリムSである。ファットボーイと違って“操る楽しさ”を備えたソフテイルモデルにハイパワーエンジンが搭載された……そのくだりだけで「どれほど凶暴極まりないモンスターマシンなのか」と想像をたくましくしてしまう。近年はモデルの重量&排気量のアップが多いハーレーで、ハイパワーエンジンでありながらより軽やかな仕上がりとするスリムと組み合わせたところが面白い。ハーレーらしさはそのままに、ライディングへの期待感をここまで高めてくれたモデルは実に久しい。試乗前の期待値は高まりつつあった。
前後16インチという伝統のFLスタイルを継承しつつ、ソフテイルファミリーのなかでもっとも軽量なことから“操りやすいビッグツイン”として評価が高かったスリム。原点であるFLスタイルは、まだ舗装されていない道路ばかりだった1960年代以前のアメリカで、タイヤのグリップに頼らずともバランスよくフラットダートを走破できる足まわりとしてハーレーが培ってきた基本形だ。このスリムはそんな環境でのレースを楽しむスタイル“ボバー”そのもので、だからこそ軽快なライディングが楽しいFLという、100年を超えるハーレーの歴史から見ると原点回帰とも言える存在なのだ。
スリムのライドフィールは、クルーザー志向を強める現代のハーレーの流れから見れば逆行するかのような軽やかさで、だからこそコンパクトに扱えることを求める日本人にはうってつけのビッグツインだと言える。確かにディッシュホイールを備えたその重量で路面追従性および直進安定性を生み出すファットボーイとは似ても似つかず、ライフスタイルそのものがまるで異なってくるわけだが、数あるハーレーの楽しみ方を探っていくうえで必要不可欠なピースであることに違いはない。
スリムSで混雑した東京都内を走っていく。やはりストリートシーンに1,801ccというパワーは不釣り合いで、2速パーシャルでゆるゆるとやりくりできてしまう。3速でめいっぱい開けてみようと思うも、すぐに信号に捕まってしまうため必要性に欠ける感が否めない。操り方次第ではあるが、やはり街中ではそのパワーを持て余すだろう。
1,801ccらしいパワフルな印象は、街中を走るだけでもスロットルを握る手に感触として残った。2速でめいっぱい引っ張りつつ、3速に切り替えてスロットルをグッとひねり、一気に加速……っ、と仕掛けてみると、昨年までのスタンダードなソフテイルモデルとは明らかに違ったパンチ力が発揮される。見えない誰かに激しく蹴り出されるかのような、それでいて心地よい加速感が楽しい。
その勢いを保ったままハイウェイへと飛び込んでいった。以前CVOストリートグライドでハイウェイに飛び込んだことがあるが、スタンダードモデル以上のパンチ力に頬が緩み、さらにスロットルを開けたくなる気持ちを精一杯抑えねばならないほどだった。そんなCVOとスリムSとの大きな違いは、すべてがむき出しのネイキッドモデルであること。スクリーミンイーグル・ツインカム110Bエンジンのパワーを最大に引き出したら、どんな暴風に見舞われることだろう……。そうしてスロットルを開けてみたが、中低速時に感じた力強さが薄れてしまったかのように、5速から6速へとギアチェンジしてもトップスピードの伸びはイマイチだった。
スクリーミンイーグル・ツインカム110Bエンジンが大したことないのではない、ひとえに日本の排ガス規制値に対応したセッティングが、エンジン本来のパワーを解放しきれていないのだ。こればかりは致し方ないことだが、しっかりとセッティング(インジェクションチューニング)をしてやれば、眠れるパワーを引き出してやれる。それはすなわち、今まさにアメリカで走っているスリムSと同じ仕様にしてやることでもある。
確かに、スタンダードなスリムよりパンチ力もあり伸びしろも感じる。だが、排気量1,801ccのパワーを最大限に引き出せていない状態で同モデルの魅力を語るのはなかなかに難しい。それでも乗っていて抱いたことは「もっと出せるはず、もっと面白くなるはず」というその潜在能力への期待値。実際、セッティングを変えたハーレーに乗る人は、以前の状態と比べても「劇的に変わった」「違うバイクのよう」と口にするほどその変化に驚かれる。たった一ヶ所のカスタムがスタイルやライドフィールを大きく変えるところにハーレーらしさを感じつつ、インプレッションの続きはスリムSのオーナーとなる方にゆだねたい。
ビジュアルは1950年代のビンテージレーサー“ボバースタイル”ながら、現ハーレーで最高位とされる排気量1,801ccエンジンを持つスリムSは、ともすれば矛盾を抱えたモデルのよう。しかし、そんな近未来と過去が違和感なく融合できるのは、100年以上の歴史を積み重ねてきたハーレーダビッドソンだからこそ。“混ざり合うミスマッチ”とも言うべき異端児はハーレーの申し子とも言えるわけで、だからこそ「もっとハーレーと深く関わり合いたい」「深遠なるハーレーの世界に触れてみたい」というコアな世界観を好む人にふさわしいと言える。