“FX”からはじまる19ないし21インチのフロントホイールを備えたテレスコピックフォーク&ツインショックがアイデンティティのダイナモデルに、初のFLモデルとして登場したのがこのFLD スイッチバックだ。デタッチャブル(脱着)式のウインドシールドとサドルケースが備わったツーリング仕様の一台で、これらを取り外せばダイナらしさにFLテイストを盛り込んだ走りが楽しめるネイキッドへと変わる、その名のとおり変幻自在なモデルだ。2012年にデビューした際はその革新的なスタイルが話題を呼んだが、4年を経てなおラインナップを飾る人気を獲得している。改めてスイッチバックの内なる魅力に迫ってみよう。
“スイッチバック”という言葉を調べてみると、業界によってさまざまな捉え方をされているようだが、「鉄道の線路の切り替え装置」がもっとも近い意味合いであろう。脱着可能なデタッチャブル式ウインドシールドとサドルケースを使い分けることで、ツアラー仕様からネイキッド仕様へと切り替え、一台でふた通りの遊び方を楽しめる。これがスイッチバックの名が意図するところである。実は開発された当初、コンバーチブルという名称が付与される予定だったが、一年先んじてデビューしたCVOモデル FLSTSE2 ソフテイルコンバーチブルに使ってしまったため、スイッチバックという名が新たに与えられたと聞く。
そんなスイッチバック、2012年にデビューした当初はざわめきを持って迎えられたのを覚えている。その理由は、ダイナモデルでありながら“FL”と冠されていたからだ。伝統にない異端モデルとして迎えられたスイッチバックについて、その背景を探る意味で、まずはダイナファミリーというものをおさらいしよう。
分かりやすく言えば、「スポーツバイクとしての骨格と足まわりを持たせたビッグツイン」それがダイナだ。1960年代までハーレーにはFLスタイル(前後16インチホイール&油圧式またはスプリンガーフォーク)のクルーザー系と、現代のスポーツスターの祖であるXLスポーツ系の2種類があった。そんな独立したそれぞれのカテゴリーに対して「両方の良いところを組み合わせたら」と、当時のショベルヘッドエンジンにテレスコピックフォークとツインショックを備えたフレームを持つ新型モデル「FX スーパーグライド」が登場した。生みの親は、ウィリアム・G・ダビッドソン、ウィリーGだ。そしてこれが、現代まで40年以上続くダイナファミリーの歴史へとつながる第一歩でもあった。
この経緯から、歴代のダイナモデルには「FX」の冠が与えられ、[ビッグツインエンジン][テレスコピックフォーク&ツインショック][フロントホイールは19ないし21インチ]がスタンダードなルールとして備わることになった。FXDF ファットボブという例外も登場したが、油圧式フロントフォークを備えたFLスタイルはソフテイルファミリーとツーリングファミリーに継承され、明確な差別化を打ち出していた。
そんななかで登場したダイナ初のFLモデル スイッチバックへのアレルギー反応は、40年におよぶ伝統やウィリーGの功績を思うと、受け入れ難いのは無理からぬことだった。かといって完全なFLスタイルの踏襲かと言われると、フロント18/リア17インチというFLらしからぬ足まわり(FLは前後16インチ)を持つ。ダイナでありながらFLを名乗り、FLを名乗っていながらFLにあらずという、そこかしこに違和感を覚えるモデルだった。
このフロント18/リア17インチというホイールサイズはスポーツバイクに用いられる設定で、しかも現代スポーツバイクというよりは、1980~1990年代のネイキッドスポーツと言った方がしっくりくるだろう。英モーターサイクル「トライアンフ」のカフェレーサーモデル・スラクストンと同じホイールサイズと言えば分かりやすいかと思う。ハーレーでは、このスイッチバックの一年前(2011年)にデビューしたスポーツスターXL883L スーパーローから採用されるようになり、2014年の新モデル・スポーツスター XL1200T 1200スーパーローにも用いられている。カンパニーは「スポーツライドを楽しませつつ、ツーリングにも活用できる」という解釈からこのホイールサイズを採用しているようだ。
ウインドシールドにサドルケース、ステップボードなど、ご覧のとおりダイナ版ツアラーモデルとしてまとめられている。コンパクトになったFLHR ロードキングのような印象を与えるようで、何年か前にスイッチバックの試乗をしていたところ、「これ、ロードキングですよね」と声をかけられたことがあった。確かにツーリングパッケージを見ると、ロードキングそのものだ。このダイナらしからぬスタイリングもスイッチバックの特徴であろう。
なかなかハーレーフリークのあいだに定着しなかったスイッチバックも、デビューから4年目を迎えて今なおラインナップを飾っている。ウィリーGがFXを世に発表した際、今で言うところのファクトリーカスタムモデルのように見られてなかなか馴染まれなかったが、時の流れとともにその地位を確立していった……という歴史を思うと、このスイッチバックもダイナファミリーにとって不可欠な存在となりつつあるのかもしれない。
ツアラー風の見た目ほどに重量感を感じさせない、軽快な走りが印象的だ。確かによく見ると、ウインドシールドにサドルケースといった装備が備わって他のダイナモデルよりも重量はあるが(二番めに重いFXDFの321kgに対してFLDは330kg)、ヘリテイジやロードキングにはおよばないコンパクトサイズにまとめられているので、想像していたほどライディングの邪魔をしていない。何より、ソフテイルにはないフレームやサスペンションの組み合わせが生むスポーツ走行性能が、軽やかな走りを味わわせている大きなポイントだろう。
2006年はダイナにとって大きな節目となった年で、フレームの刷新というフルモデルチェンジが敢行された。FLDはその後に生まれたモデルなので以前のダイナと比べようもないが、この刷新されたフレームは剛性を持たせるためにかなり太く設計され、カスタムカルチャーを有するハーレーにおいて“カスタムしづらい”というネガティブなイメージを植え付けた。それまでのFX系モデルは“必要にして十分”な太さと剛性だったため、逆効果的に印象を悪くした感は否めない。
剛性アップを目的とした太い新フレームは、道路環境がより良くなり、「ハイスピードでのハイウェイライドに対応しよう」というアメリカの事情がもっとも大きかったのだろう。こればかりは致し方ない部分だが、一方で新フレームそのものがガチガチの硬さになっているかと言われると、答えはノーだ。太く剛性アップしたフレームだが、よくよく乗ってみるとある程度のしなやかさが隠れていることに気づかされる。
これはハーレーの現ラインナップすべてに共通して言えることだろう。独特の鼓動と大きな振動が特徴のVツインエンジンをガチガチのフレームで縛ってしまうと、ダメージの逃げ場がなくなりすべてフレームに集中してしまう。そうすると金属疲労や経年劣化を早めることになり、バイクそのものの寿命が短くなるのだ。そのエンジンにアイデンティティを見出すハーレーだからこそ熟考されているところで、ソフテイルのバランサー機能と同様に、選ばれた素材からなるフレームにも特有の振動を逃がす機能が備わっているのだ。
スイッチバックに乗っていると、改めてそのことを感じ入る。ソフテイルによって研鑽されてきた油圧式フォークとフルカバードのツインショックという前後サスペンション、そしてフロント18/リア17インチという独特のホイールサイズが採用されてはいるが、この装備でありながらしなやかなスポーツライドを楽しませてくれるポイントはフレームにもある。「やわらかさはもっとも頑丈な素材」とは言われるが、ハーレーのフレームは絶妙なさじ加減で構成されていることを感じ入った次第だ。
ツアラーモデルとは似ても似つかないスイッチバックの軽やかなライディングは、ツーリングでもしっかりと活きている。ソフテイルをはじめとする重量系ロースタイルモデルが持つ直進安定性ではなく、コントローラブルな“操る楽しさ”を追求したモデルなだけあって、コーナーでの旋回性には「さすがダイナ」と唸らされる。テレスコピックフォークではないフロントの仕事ぶりに注目していたが、シングルカートリッジ式が採用されたスイッチバック仕様の油圧式フォークも申し分ない性能を見せつけてくれた。路面の大きなギャップに突っ込むと、返しがしなやかで衝撃後にもハンドリングがすぐに落ち着いてくれるのだ。フロントフォーク内のオイルの動きが乱れていないからこそのリカバーの早さで、これこそカートリッジ方式最大の恩恵と言えるだろう。“スポーツライドを高める油圧式フォーク”としての性能の高さを立証してくれた。
ウインドシールドとサドルケースを外したネイキッドスタイルは、プルバックハンドルにステップボードという日本人には馴染みの薄いスタイルながら、よりアグレッシブなライディングが楽しめるものだった。この使い分けはなかなかに面白そうだ。
カカトがちょっと浮く程度の足着きなど、身長174cmの筆者にとって申し分ないポジションのスイッチバックだが、これが身長157cmの女性となると評価が異なる。ロードキングやヘリテイジに比べれば十分コンパクトに感じるポジションも、ハンドルはやや遠目で、ステップ位置はもはやフォワードコントロールだという。確かにファットボブやローライダーのようなミッドポジションではなく、どちらかと言えば前方に足を投げ出す場所にステップボードとペダルが備わっている。
こうなると、同じハーレーのなかでライバルとなるのはスポーツスター XL1200T 1200スーパーローだろう。ホイールサイズの影響から車高は決して低くはないが、XL1200Tと比べると加重時シート高はスイッチバックの方が低いようだ(FLD[最低地上高]110mm [加重時シート高]690mmに対し、XL1200T[最低地上高]95mm [加重時シート高]705mm)。“地上高は高く”“シート高は低い”という独特の構造が影響しているのか、腰をあてて取り回す際、他モデルに比べてどうもしっくりした場所に収まらないのだ。それでいてハンドルがプルバック型なので、力加減がなかなかに難しい。購入を検討する方は、正規ディーラーで一度取り回しを経験されるといいだろう。
“ハーレーらしさ”という点を議論すると、ことスイッチバックについては意見が二分することだろう。100年以上の伝統があるがゆえ、特に時代背景が見えない真新しいスタンスに対しては厳しい目が向けられるのは、もはやハーレーダビッドソンの家系に生まれた者の宿命である。一方で、その100年以上の歴史が続けてこられたのも、ハーレーのブランド力に加えて時代に合ったフレキシブルな対応力があったからこそ。少なくともスイッチバックについては、世界中のファンの「ハーレーに必要なモデル」という声がラインナップ歴5年目という実績の礎となっているに違いない。
懐疑的な目を向けられながらも、その性能に疑いの余地はないFLD スイッチバック。このモデルの動向から、世界の市場が透けて見えるような気がするのは筆者だけだろうか。
「なんでもできちゃうハーレーダビッドソン」、スイッチバックをそう形容して差し支えないだろう。風体はロードキングのようで、中身はスポーツバイク。そこにウインドシールドにサドルケース、フットボード、座り心地のいいダブルシートを備えているので、ここにプラスアルファの積載を加えたとしても北海道ツーリングぐらい軽々こなせてしまうだろう。利便性を追求しているあたりに国産メーカーっぽさを感じるところではあるが、それでもハーレーダビッドソン モーターカンパニーから生まれた本家の子であることに変わりはない。「何もかもひとつにまとめちゃいたい」という現代社会で忙しい日々を送るやり手ビジネスマンのような人にこそうってつけのモデルと言えるかもしれない。