デュアルヘッドライトに前後16インチホイール&ファットタイヤという組み合わせから、デビュー時には大きなざわめきを起こした問題児的モデル、FXDF ファットボブ。昨年、現代版ボートテイルとも言えるリアフェンダーにデザインチェンジをはたし、前後ライトともデュアルという特異なスタイルを手にしたことで、ますます他モデルとは異なる次元へと足を踏み入れようとしている。FLのような足まわりながら攻撃的なフォルムのビッグツインスポーツモデルの狙いと魅力に迫る。
2008年にデビューしたときから、その異様な出で立ちに世のモーターサイクリストたちは戸惑いを隠せないでいた。カテゴリーはダイナで、エンジン(ツインカム96)とフレームといったファミリーとしての基本軸は共通。しかし、まず足まわりが他モデルとまったく異なる。前後とも16インチのディッシュホイールとされ、それぞれにFLのようなファットタイヤを履いている。ダイナと言えば、フロントが19インチまたは21インチのFXスタイルがスタンダードとされてきたのだが、これだけで基本概念が覆された形になる。2012年にFLD スイッチバックが登場したときもどよめきが起こったものだが、ファットボブは“FXと名乗っていながらFXにあらず”という歪さを抱えた、文字どおり異端児だった。
それでいて、専用のドッグボーンライザーにドラッグバーというコックピット、2in1トミーガンエキゾースト、フルカバーのリアサスペンション、ダブルとされるフロントブレーキシステムと、FLのように見せながら実はかなり凶暴なスタイルという、これまでのハーレーダビッドソンの伝統からは考えられない一台であった。そこにデュアルヘッドライトが加わるのだから、そのキャラクターはますます濃いものとされた。ちなみにこのファットボブ、現ラインナップのXL1200X フォーティーエイトと同じくフロントホイール&タイヤが太いことから、その幅に合わせるためトップブリッジおよびアンダーブラケットは幅広の専用設計とされている。ヘッドライトが二灯である理由のひとつは、ここのクリアランスの問題があるものと思われる。
ビンテージ感あるFLの足まわりを持ちながら、そこかしこに凶暴な一面を覗かせるファットボブ。そんな同モデルの狙っているスタイルを紐解くカギが、実はアメリカにあった。本国のラインナップにあるファットボブと、ステップ位置が違うことに気づく。そう、本国ではファットボブのステップはフォワードコントロールとなっているのだ。なぜ日本仕様がミッドコントロールとされているのか、その理由は定かではないが、ここがフォワードコントロールというスタイルから見れば、カンパニーが狙ったのはドラッグレーサーということになる。2015年のニューモデルとして登場したFXDBB ストリートボブ リミテッドも、ドッグボーンライザー&ドラッグバー(これはファットボブからの流用)にフォワードコントロールという組み合わせで、ライディングフォームは自ずと“くの字”のようなタイトなものとなる。いわゆるストリートドラッガーで、キャストやスポークよりもはるかに重量がアップする16インチ ディッシュホイールを備えているのも、その重量感でしっかりと大地を掴める安定感をからだろう。もちろん、足まわりをマッシブに見せようというカスタム的観点も無視できまい。
このファットボブが登場した2008年モデルの同期には、FLSTSB クロスボーンズ、FXCW ロッカー、FXCWC ロッカーC、XL1200N ナイトスターと、近年まれに見る個性的なファクトリーカスタムモデルが揃っていた。ちょうど米カンパニーが創業105周年を迎えたということもあり、こうした顔ぶれが並んだこととファットボブの異端っぷりは無関係ではあるまい。しかも、この2008年組唯一の生き残りがこのファットボブというのも、アンタッチャブルなビジュアルにとどまらない魅力が隠されているからにほかならない。
どのモデルがカタログ落ちするのか──。毎年ニューモデルが発表されるたびにチェックされる重要な項目のひとつだが、このファットボブに関して言えば、2014年にリアフェンダーを現代版ボートテイルとも言える仕様にチェンジしたことで、向こう何年かはカタログに君臨することがほぼ決定づけられた。正直言えば、ハーレー関連のイベントでもそう多く見かけることがないモデルだけに、「日本ではなく北米や欧州で人気があるのか?」とも勘ぐってしまうところだ。そんなファットボブに、今回は東京から房総半島までみっちりと乗ってきたので、そのインプレッションをお届けしたい。
今回、縁あって東京~南房総という、総距離にして約300キロというロングツーリングをFXDFで敢行した。走破しての結論から言えば、実にバランスの取れたハイパフォーマンスなオートバイであるということ。それも、ハーレーダビッドソンとして、ではなくである。奇をてらったスタイリングのモデルは往々にしてオートバイとしてのバランスを崩してしまうことがあるが、ファットボブは現代版ダイナモデルのひとつの到達点を示しているのでは? とさえ思えるほどのパフォーマンスを味わわせてくれた。
走り出してまず感じたのは、ハーレーダビッドソンの各モデルのなかでも重心の位置が低いのでは? という点だった。ウルトラのような超重量級モデルでもなく、ローダウン仕様のモデルでもなく、車体の重量そのものが地面とくっついているような感覚である。おそらく着地面の広いファットタイヤ、そして数あるホイールのなかでも重量があるディッシュホイールを前後に履いているからだろう。
車体そのものはいわゆるネイキッドながら、スペックを見ると車体重量は321kgとある。FLDのように装備が多いモデルはともかく、他のダイナモデルは310kg前後だ。どれだけ見比べても、その重量を上げているのはこのホイール以外にない。確かにオートバイとして見た場合、軽やかでコントローラブルな点が評価基準にされるとこれはネガティブな印象を受けるところだが、実際に乗ってみればしっかりと大地を掴んでくれているので、高い安定感の方が勝っている。特にハイウェイ走行において、この直進安定性は大きな安心感をもたらしてくれる。特にその恩恵にあずかれたのは、この南房総からの帰路だった。
とっぷりと日が暮れたこの日の帰り道、ちょうど台風が接近していたこともあり激しい雨に見舞われた。高速灯のみの館山自動車道は視界も悪く、路面もウェッティという最悪の状況で、東京までの125キロほどを走破せねばならなかった。しかしいざ走り出すと、ファットボブはドライコンディションだったときと変わることのない安定感でハイウェイを突き進んでいってくれた。もちろんこの状況下で法廷速度ほども出したわけではないが、「もう少し無理をかけても全然平気だよ」とでも言いたげな余裕すら感じさせるほどの好バランスに驚きを隠せなかった。ディッシュホイールを備えるモデルには“横からの突風であおられると、車体ごと持っていかれる。特にシーサイドのハイウェイは要注意”という暗黙の注意が存在する。そこはディッシュホイールである限りクリアすることはできないだろうが、一方でバツグンの安定感をもたらしてくれるというクルーザーにとって大きなメリットが存在することを知った。スポーツクルーザーというカテゴリーにおいて、この組み合わせがこんな効果を生み出すとは新鮮な驚きだった。
そして、フロント16インチ&ファットタイヤという組み合わせにも注目したい。今ではXL1200X フォーティーエイトをはじめとする人気モデルによく見られるスタイルだが、重量がアップした足もとをコックピットが支えきれず、コーナリングや交差点で曲がる際にライディングバランスを崩してしまうという弊害が存在する。しかし、ドラッグバーというコーナーに不向きなハンドルバーを備えるにもかかわらず、ファットボブはコーナーをまったく苦にしなかった。むしろ、そこそこのスピードで飛び込んでもまったく動じる様子すら見せない。
先のディッシュホイールによる安定感はもちろんだが、フォーティーエイトなどとの差を生んでいるのは、49mm化した高剛性フロントフォークの存在だと言えるだろう。径が太くなったことで、「ローライダーやワイドグライドなど伝統モデルのフロントの印象が一変した」と巷で不評なこの現行モデルフォークだが、そうした伝統を持たないファットボブにはその高剛性こそが最大のメリットであり、ダブルディスクブレーキと相まって重量級の足まわりをがっちりと支えている。
そもそもダイナというのは、1971年にデビューしたFX スーパーグライドに端を発する“スポーツ走行性能を持ったビッグツインを”という観点から生み出されたカテゴリーだった。2006年、現代の道路事情を鑑みての全モデルチェンジを敢行し、シャープなシルエットは鳴りを潜め、よりクルーザーとしての性能を高めていくこととなった。カンパニーも世界に名だたる企業である以上、一流メーカーにふさわしいモデルを手がけなければならず、シルエットをさておいてもモーターサイクルとして各モデルを進化させることを第一とした。そういう意味で言えば、ファットボブは過去に縛られることなく、その進化をあるがままに受け入れ、最高の形で表現したモデルと言える。
スタイルこそ異端児ながら、オートバイとしてはカテゴリーの狙いどおりとも言えるハイパフォーマンスモデル、ファットボブ。あらゆる面がアメリカンサイズと言えるこのモデルは、そういう意味ではある程度体躯に恵まれた人にしかその“操る楽しみ”が感じ取れないのかもしれない。そのスタイルを見れば分かるが、ファットボブの積載能力はゼロである。つまり、アメリカ人はこのオートバイでストリートを走ったり、ワインディングに飛び込んで楽しんでいるということだ。ちょっと日本人離れした発想の先にあるモデルと評していいだろう。インプレを経て思ったのは、「もしかしてファットボブで遊ぶうえでもっとも楽しい場所は、ワインディングかも?」ということ。スポーツスターで峠を攻めるのに飽きつつある方にうってつけのモデルと言える。