幅が広くマシンを押さえ込みやすいXRバーのハンドルや、ハーレーワークスマシンを思わせるチェッカーグラフィックをあしらった燃料タンクを装備し、ダートトラックレーサーを思わせる XL883R。スポーツスターファミリーの中でも、高いスポーツ性を持つモデルとして人気を集めている1台だ。
883Rが登場したのは2002年。883ワンメイクのダートトラックレーサーをモチーフとした、走りを意識させるモデルとして誕生。デビュー当初は2in1マフラーを採用していたが、2004年モデル以降は2本出しマフラーに改められている。また、2004年はスポーツスターにとって大変革を迎えた年。エンジンのほとんどのパーツが新設計され、通称でニューエヴォリューションと呼ばれる世代に進化。フレームも新設計されるが、その最大の特徴はエンジンマウントがラバーマウント化されたこと。2008年からは吸気システムをインジェクション化。環境問題に対応するとともに、始動性向上など日常使用での利便性も向上させている。
近年のハーレーは、全般的にローダウン化が進んでいる傾向がある。ロー&ロングは、クルーザーのひとつのアイコン。スタイリングの良さは認めざるを得ないが、国内の道路事情を考えると諸手を挙げての歓迎もできない。交差点で曲がるたびにステップやマフラーを擦るのは気持ちの良いものではないだろう。その点、883Rはサスペンションが長めで、車高が高く設定されている。ステップやマフラーの位置も高めなので、バンク角は充分に確保されている。これは、スポーツランだけでなく、日常使用でも大切な要素。
フロントブレーキにはダブルディスクを採用。これは883シリーズでは唯一。スポーツスターファミリーの中では、他にXR1200Xにしか採用されていない装備でもある。ブレーキディスクはリジッドタイプ、ブレーキキャリパーはピンスライド式の2ピストンと、メカニズム的に目新しさはないが制動力は充分。ハーレーはリヤブレーキで止まるもの…という考え方が古いものだとしても、ブレーキングのフロント依存度が高い車種だと言えるだろう。
アイドリングが高めなこともあり、発進は実にイージー。クラッチを繋ぐだけで、マシンは前へと進み出す。回転上昇は軽快で、スロットル開度に合わせてズンズンと速度が上がっていく。1200クラスのような、蹴り出されるような加速感は薄いのだが、Vツインらしいトルクバンドの広さはしっかりと確保されているので、ひとつのギヤのまま低回転域から高回転域までを使う走りが楽しめる。ただし、あまり高回転まで引っ張ると振動が辛い。レブリミットに当たるまで引っ張るような回し方をするより、早めにシフトアップして回転上昇を楽しむ方がいいだろう。エンジンといえば気になるのは鼓動感。はっきり言って、期待するほどのものはないかもしれない。ラバーマウント世代で、インジェクション化されたスポーツスターは、振動面はかなりマイルドだ。
エンジンで特筆すべきはクラッチの軽さ。この排気量のエンジンとしては例外的に軽い。信号待ちなどで停止する時、ギヤを一速に入れたままクラッチを握っていても左手が辛くないほどだ。クラッチ操作の軽さは、ライダーの疲労度に大きく関わる部分。握力に自信がないビギナーや、女性ライダーならずとも有り難い特性だ。気になったのは、スロットルを全閉時から開いていくときのこと。ラフに開けるとドンツキする傾向があること。レスポンスが良いことの弊害なのだが、パーシャルを出すのがデリケートなのだ。高いギヤと低い回転数の組み合わせが使える大排気量Vツインなのだから、大切にしたい部分だと思うのだが……。
車体に目を向ければ、やはりバンク角の大きさが高ポイント。試乗ではワインディングも走ったのだが、それなりのペースで走り、わざと深くバンクさせてみたりもしたのにも関わらず、一度もマフラーやステップが接地することはなかった。ハンドリング自体は適度な手応えがあり、俊敏とまでは言えないものの軽快。オーバースピードでコーナーに進入すると車重の大きさがネガになるので、コーナー手前でしっかりと速度を落とし、スロットルを早めに開けることを意識して走るとキレイな二次旋回をみせてくれる。チョコマカした峠道ではなく、大きめのRのコーナーでドカッとリヤに荷重して、スロットルを開けながら曲がっていくのは実に気持ち良い。
また、ブレーキも好印象。ダッブルディスク装備とはいえガツンとは効かないが、制動力自体は充分で車体をしっかりと減速させてくれる。そして、その「ガツンとこない」キャラクターがいい。これ以上フロントブレーキが効いたら、サスペンションが耐えられない。そう考えれば、実にバランス良くセットアップされている。また、ハーレーと言えばリヤブレーキ。ブレーキングのフロント依存が高いため、リヤの制動力は思ったほど高くはないが、とてもコントローラブル。ブレーキングやコーナリング、Uターン時の姿勢制御に活用すれば、走りのレベルを一段上げることができるに違いない。
残念ながら乗り心地は上質とは言えない。設定自体は柔らかめなのだが、突き上げが強く路面からの衝撃がダイレクトに伝わってくる。ポジションがアップライトなこともあり、高速道路を延々を走るのは楽しいものではない。また、タンデムシートを装備してはいるものの、これはエマージェンシー用と割り切った方がいい。タンデムシートの面積自体が小さい上に、断面形状がセンター部が盛り上がったカマボコ状で、パッセンジャーの着座位置が安定しない。さらに、後ろ下がりのシート形状のため、走っていると後方にズリ落ちてしまうのだ。総じてコンフォート性はあまり高い評価は与えられない。だが、ラクに走りたいだけなら、他の車種を選べばいい。良い意味でのガサツさがあるワイルドな乗り味がスポーツスターの身上だ。しかもこれは、883R。軽快な乗り味こそを楽しみたい。車線変更するだけで、走る喜びを感じさせるバイクは希有なのだから。