「今一番の売れ筋モデルは?」という問いに、多くのディーラーがスポーツスターXL883Nアイアンの名を挙げる。XL1200Nナイトスターの883バージョンとして登場したアイアンは、ことスポーツスター市場を席巻していると言える。ブラックアウト・モデルに人気が集中する今、あえて原点であるスポーツスターXL883に注目し、スポーツスターのスタンダードな魅力に迫ってみたい――。そんな思いから今回XL883を選んだわけだが、普段XL1200Rに乗っている僕に新鮮な驚きと楽しみ方を教えてくれた。
すでに語り尽くされた感があるが、改めてスポーツスターの起源を探ってみよう。時は第二次世界大戦後、ヨーロッパ大陸からトライアンフやBSAといった英国車がアメリカ本土へ流入してき、モーターサイクル市場で人気を博した。これを受けたハーレーが危機感を抱き、対抗モデルとして1952年にスポーツ性能に重点を置いた新しいスタイルのハーレー「Kモデル」を発表する。そして5年後、スポーツスターの起源である「XL」が誕生した。発売初年度に販売台数を伸ばしたXLは人気モデルとしての地位を確立し、ハーレーの新しい顔となった。それから半世紀に渡って、ビッグツインとは一線を画した独自のスタイルでファミリーを形成するまでになったスポーツスター。ビッグツインが並ぶハーレーの中で排気量が落ちることなどから「プアマンズ・ハーレー」(※プア【poor】/貧しいさま、あわれなさま)と揶揄されることもあるが、ハーレーという枠を飛び越えた一種のブランドを持つまでになっている。現在883cc/1,200ccと2つの排気量モデルを擁しているが、始祖であるXLの排気量は883cc。つまりこの883ccモデルこそが、XLを継承するスポーツスターなのだ。
“パパサン”の呼び名で親しまれるこのスタンダードモデル、実はアメリカ本国ではラインナップ落ちしてしまっている(2009年6月現在)。売れ筋のブラックアウト・モデルに押されてのことだが、逆にパパサンが生き残る日本では、合計10種類のスポーツスターがラインナップされており、そういう意味では日本は“スポーツスター天国”と言えるだろう。XL883については、2009年モデルよりリアサスペンションが柔らかいタイプに変更され、走行時のショックを軽減してくれる。また全体的なフォルムを美しく保つためにシングルシートを採用。他のスポーツスターと見比べたときに地味に見えなくもないが、すべてはスタンダードゆえ。むしろハーレーの専売特許である「カスタム」という点からすれば、これほどオーナーの特色を反映しやすいモデルはない。それでいてメーカー希望小売価格が883,000円と、輸入車にもかかわらず国産の大排気量モデルと遜色ない価格を実現。「さすがにハーレーには手が届かないや」という人にとってもっとも近い場所に座している。無限の可能性を秘めたモデル、それがXL883だ。
実は以前、僕はXL883を試乗したことがあるのだが、そのときは特にこれといった感想はなかった。それから他のスポーツスターに乗ったことで、「スポーツスターの中では地味な感じ」という印象にとどまった。「パパサンやしな」といった上から目線がなかったと言ったらウソになる。その後、購入したXL1200Rに日ごろから乗るようになって迎えた今回の試乗で、かつてと変わらぬ姿で現れたパパサンに大いに驚かされた。
ハンドルの位置やライディングポジション、取り回し、加減速といったクイックネス機能など、これまで乗ったハーレーと比べると、いい意味でまったくクセがない。言うなれば、国産メーカーのバイクに近い、シンプルで乗りやすいモデルだということを知った。広大な国土を誇るアメリカ生まれのハーレーダビッドソンに、日本人が思い描くモーターサイクル像に照らし合わせると、「激しい鼓動が魅力のVツインエンジン」、「大股を広げるライディングスタイル」、「ゆったり走行仕様」など、あらゆる意味で異質な部分を多く持ち合わせている。それこそがハーレーのアイデンティティなのだが、今回試乗したXL883にその論理は当てはまらない。実に軽快で乗りやすく、バイクとしての全体的なバランスもいい。そう、ハーレーのラインナップ中では極めて稀有な“バイクらしいバイク”だと思わされた。
そしてスタイルそのものも実に魅力的だ。もちろんハーレーライフの楽しみのひとつが「カスタム」である以上、ノーマルなままでいいわけがない。その逆で、あらゆるスタイルにカスタマイズできるシンプルさに惹かれてしまったのだ。実際に試乗していると、「自分だったらハンドルは○○○○にしたいな」とか「シートは○○○○製に変えたいな」など、カスタムの夢がどんどん膨らんできた。行き当たりばったりではなく、“最終的にどんな姿にしたいか”を思い描いた上でカスタムするのが理想なわけだが、XL883を見ていると、そのシンプルさゆえに「あらゆるスタイルへのカスタムにも応えてくれそうだ」と期待を抱かせてくれる懐の深さを感じる。あらゆる派生モデルに加え、ファクトリーカスタムモデルと呼ばれるものまでがラインナップに並ぶ昨今、ベーシックなスタイルを守り続けるXL883は貴重な1台だ。「もっとも安価なスポーツスター」などと位置づけるなかれ、ともすれば、ハーレーの楽しみ方を一番よく知っているモデルだと言える。
何がしかカスタマイズされた他のスポーツスターと違い、あらゆる無駄がそぎ落とされたスタンダードモデルなので、個性的な1台を生み出したい人にはうってつけ。思い描くスタイルは十人十色だが、あらゆるパターンのカスタムが可能だ。言うなれば、「あなたに一生ついていくわ」と、どんな色にも染まってくれる大和撫子のよう。さらに、「速く走らなくていいじゃないか、ゆっくり行こうよ」とでも語りかけてくるかのような、ゆとりを感じさせる乗り味も見逃せない。長年ビッグツインに乗っている人なら、XL883スタンダードの真の魅力を体感できるのではないだろうか。ラインナップ中でもっとも安価という点も手助けとなるだろう。
ハーレーのラインナップ中でもっとも安価なXL883スタンダードですが、それだけでこのモデルを侮ってはいけません。実はこの1台を選ぶ人のほとんどが、ビッグツインをはじめとする大型バイクを乗り継いできた方々なんです。その大きな理由は、昔のハーレーをほうふつさせるエンジンフィーリングと乗りやすさにあります。本来ハーレーとは、ゆっくりと乗るのが楽しいバイク。スピードが出ないXL883はそこが最大の魅力でして、のんびりと流しながら鼓動を体感できるのです。また全モデルの中で一番ハンドル幅が狭いなど、引き締まったライディングポジションが日本人向けといえます。言うなれば、分かる人にこそ分かってもらえる大人のバイクといったところでしょうか。エンジンも唯一ポリッシュ仕上げですから、そのあたりもポイントです。スポーツスターを検討されている人には、オススメの1台ですね。(ハーレーダビッドソン高知 吉川氏)
2000年式 XL883 スポーツスター883 / おこそんさん(神奈川県)
地元の某バイクショップにあった1台で、ちょいカスタムされていたスタイルにひと目惚れして衝動買いしちゃいました。若い頃に何台ものバイクを乗り継いで、XL883の前にはビューエルM2に乗っていたんです。初めてXL883に乗ったときは、ビューエルとの比較から「走らねぇなぁ」という印象でしたが、次第にこの乗り心地が楽しくなってきました。コイツにはパワーを求めてはいけない、お腹の底からドロロっと加速する鼓動を味わいながら乗るのがいいんです。カスタムパーツも豊富ですから、いろんなカスタムスタイルを夢想してしまいます。そしてこれまでのバイクライフと違い、同じスポーツスター乗りの仲間の輪が広がったことを挙げたいですね。この愛車が、間違いなく僕のハーレーライフをより楽しいものにしてくれているんです。