今回ご紹介するのは兵庫県尼崎市にある「寺田モータース」代表 寺田 史郎さんだ。「寺田モータース」は関西のハーレー乗りの方ならその名を耳にしたこともあるだろう老舗ディーラーだ。古くからハーレーに乗る人と話をすると「寺田にお世話になっている」という話を聞くことが多い。出入りしているオーナーは現行車から旧車までさまざまなモデルに乗っている。どこのショップでもそれなりにカラーや守備範囲があるものだが、寺田さんのそれは非常に広い。他のお店と何か違う、そんな「寺田モータース」の秘密を探るため、今回はインタビューにお邪魔してきた。
寺田●家業でバイクを取り扱っていたおかげで、小さい頃から家にいろんなバイクのパーツが転がっていたんです。小学生の頃、そんな余りモノのパーツを集めてきて50ccのオフロードバイクを組み上げたのが初めてのギア付でした。自分で組み上げたバイクで草レースに出ては走り回っていましたよ。
寺田●好きなことは自由にやらせてもらえる父親でしたけれど、「やりたいなら自分で頑張れ」という性格でした。だから、見よう見まねだったり、家業のお店で働いていた人にこっそり教えてもらったりして、何とか1人で組み上げました。そんな環境でしたから自然とバイクのことが好きになり、中学に入ってからは新聞配達のアルバイトをして125ccのオフロードバイクを手に入れたんです。
寺田●そこまでじゃないですよ。僕は何ごとも「広く、浅く」楽しみたいタイプですから。オフロードでも走りましたが、オンロードレースにも、カートレースにも出て、面白そうなことには何でも首を突っ込んでいたんです。それなりに走れるようにならないと我慢できないんですが、草レースでトロフィーをもらえるくらいのレベルなると、もう満足してしまう、そんな性格なんですよ。自分の技術をそれなりに高くするため“楽しみながら”テクニックを磨く、そんな風にバイクも車も楽しんでいました。
寺田●それも遊びの一環です。ずっと「海外ラリーに出よう」と誘ってくる友達がいて、だんだん僕も興味を持ってきたので出走してみることにしたんです。そのラリーは“オーストラリアンサファリ”と言い、10日間で6500kmも走るラリーでした。コースに舗装路はほとんどなく、悪路の中を一日に800km近く走らされるんです。出走したのは26歳のときだったんですが、オーストラリアに向かう少し前に子供が生まれたばかりで。女房には「私と乳飲み子を置き去りにして、あなたはラリーに行った」と、いまだにチクチクやられます(笑)。でもこれは寺田家の血筋のせいで、僕のせいじゃないんですけれどね。
寺田●日本のバイクレースの先駆けの “浅間山火山レース”で走った賞状が家に飾ってあります。僕のバイク好き・車好きの血は父親譲りでしょう。僕の息子も今、オフロードバイクで走り回っていますが、きっと同じように育つんでしょう(笑)。
寺田●高校を卒業して、すぐに寺田モータースにメカニックとして入社しました。当時は国産メーカーから、ハーレー、ドカティ、BMWなど輸入車まで何でも取り扱うお店。ハーレーに乗る機会は何度もあったんですよ。初めは「こんなキャリパーは大きいのに、ブレーキは全然利かない」と、いい印象は持っていませんでした。当時はバイクの性能ばかりに目が行っていたので、ハーレーの半分以下の重さでそれ以上の性能を発揮するバイクにばかり目が向いていたんです。
寺田●20歳を過ぎてからもサーキットで走っていて、危ない目には何度も遭っていたんです。「あとコンマ何秒遅かったら死んでいたかも」というような経験をし、ある日ハーレーに乗ってみたら「このバイクなら絶対死ぬことはないな」と思えたんです。それから僕のハーレーを見る目が少しずつ変わり始めましたね。
寺田●それまで乗っていたバイクは性能を限界まで使って走るのが楽しく、その分ヒヤっとする機会も多かったんです。でも、ハーレーは「楽しい」と思える速度域が他メーカーのバイクとはまったく違いました。30kmで走っていても楽しい。そういう速度域で楽しむ限り、危険な目に遭う可能性は低いですから「絶対死なない」と思ったんです。でも、まだ国産時代の感覚がなかなか忘れられず、ブレーキを交換してみたり、ボアアップしてパワフルなショベルを作ってみたりと「more power」を追求していた時期もありました。でも、いろいろ試せば試すほど「何か違うよなぁ。面白くない」と気づきはじめたんです。
「やっぱりハーレーは性能を追求するバイクではない」ということにアレコレ手を出してやっと体感できたんです。パワーは確かに必要ですけれど“絶対的なパワー”ではなく、“体感的に楽しいパワー”だ、ゴテゴテと飾り付けて機能美ばかり追及するのではなく、隙のあるハーレーの良さは無理に触らない方がいいな、などとね。そんな風に考え始めてからハーレーの良さがだんだんと解り始めたんだと思います。ちょうどそのタイミングでハーレーのディーラーになる話をいただいて、「寺田モータース」はハーレーディーラーになったんですよ。
寺田●ショベルヘッドの頃からハーレーを取り扱っていますし、僕自身52年式のパンヘッドを持っていて“古いものの良さ”も触り方もわかっています。スタッフにも古いモデルを持っている人間もいますし、そういう部分を信頼してくださっているんでしょう。昔からずっとウチを贔屓にしていただいて、新しいモデルに乗り換えてくださるお客さんも多いですけれど、20年以上同じモデルを大事にしていただいているお客さんもいます。新しいモデルも古いモデルも長年に渡って触り続けているので、古いモデルのお客さんでも自信を持って触れますよ。
寺田●細かなところまでこだわっても、なかなか気づいてもらえないこともあります。それでも細部までこだわって作業をしています。例えば、ハンドル操作のしやすさに大きく影響するステアリングのステム調整。この調整の大事さはメカニックでもわかっていない人がいますが、こういうところこそ、丁寧に作業をするようにしています。「どこをどうした」には気づいてもらえなくても「寺田に整備に出すと、なぜか調子がいい」と思ってもらえますから。「他のショップがやらないところまでこだわって、整備しろ」とメカニックにはいつも口酸っぱく言っています。
また、ハーレーでは「走る、曲がる、停まる」にこだわる人はそれほど多くありませんが、ハーレーでスポーツ走行を楽しむ一部の方のためにも、お客さんが求めていることに応えられるよう経験と技術は積み重ねてきました。僕もハーレーでサーキットを走ったことはありますし、現役でSSC(スポーツスターカップ)を走っているスタッフもいますから、そういった要望にも応えることができるんです。
寺田●「お客さんがイメージするものを形にしてあげたい」。そう思って今までやってきましたから、求められることに応えて続けて今の形に辿りついたんです。意識して守備範囲を広くしたわけではないですね。
寺田●「東に行けば大阪、西に行けば神戸。すぐ南は海で、少し北に走れば山」そんな恵まれた環境ですから。休みがあればあちこちに出かけて、年間走行距離がスゴイことになっているお客さんもいます。「この人、本当にハーレーが好きなんだな」そう思わせてくれるお客さんに囲まれているので、整備には手が抜けません。永くハーレーに乗っている方も多く、お客さんのウチを見る目も肥えていて厳しいです。でも、おかげでいいメカニックが育ってくれるので、私としては有難いですけれど(笑)。
寺田●「ロングストロークのエンジン」と「クランクマスの大きさ」。この2つに尽きるでしょう。他にないエンジンフィーリングはこの2つのおかげですよ。「スピード! スピード!」と進化してきたバイクの世界の中で、ハーレーだけが「飛ばさなくても楽しい」エンジンを進化させ続けてきています。昔は「アメリカは広いのに、何でハーレーは速いバイクを作らないんだろう」と思っていましたが、どれだけ長い距離を走っても「楽しくて、飽きない」そういうバイクじゃないと広大な大陸を楽しみながら走れないので、今のハーレーが生まれた、と僕は考えています。スピードにこだわらず、楽しさを追求し続けてきたモーターサイクルがハーレーなんです。
寺田●「少しの時間で楽しめる最高の趣味」でしょうね。子供の頃、遊びはどこにでも転がっていましたが、社会人になると、遊びに行くだけでも大変なことが多く、疲れちゃいますよね。例えばスキーや釣りに行こうと思っても、準備に手間がかかったり、遊びに行く移動に時間がかかり過ぎたり、手軽に遊べる趣味って意外に少ないものです。そんな中でもバイクなら、1,2時間の余裕があれば充分に楽しめます。もちろん、いろいろな趣味を持つのはいいことですけれど、たくさんの趣味の中でも一番手軽に楽しめ、しかも格別の気持ち良さが味わえる、それがバイクの良さなのでしょう。だから、僕の仕事はお客さんに“楽しさ”を提供することなんです。これって遣り甲斐がありますし、携わっていて嬉しい仕事ですよね。
ショップにお邪魔してまず気づいたことは、アエルマッキ社製のハーレーが壁に飾られていたこと。「貴重な車両があるんだな」と思っていると「昔、ハーレーが生産していたゴルフカートが欲しい」といい始める寺田さん。実際にハーレーであちこちを走り回るベテランライダーであるけれど、コレクターの顔も持つ。取材後に自宅倉庫を見せていただくと、そこはオモチャの山みたいになっていた。面白そうなことには何でも首を突っ込む、寺田さんの性格が垣間見える倉庫。「寝る時間がもったいないから、できる限り遊びたい」。43歳にしてそう言い切る寺田さんだからこそ、多くの人がその魅力に惹きつけられてしまうのか。取材に回っているといつも思うのだけれど、ハーレーの世界にはいい歳の取り方をした大人が多い。寺田さんもそんな遊び上手な大人の一人なのだろう。(ターミー)。