ゼロスタイルを新車で味わう
ロードホッパー、その歴史と走り。
リジッドフレームにハーレーダビッドソン製スポーツスターの4カムユニットを搭載するコンプリートマシン“ロードホッパー”が誕生したのは2003年、今をさかのぼること11年前のことだ。
S&Sがリリースしたエンジン・コンプリートを使った「ハーレーでないハーレー」が一般的になったのは1990年代初期。それは瞬く間に世界的なムーブメントとなって、いくつものメーカーが乱立。それらが淘汰されて落ち着いた頃にロードホッパーは登場した。
ご存じのようにロードホッパーは、ゼロエンジニアリングを率いていた木村信也がデザインして誕生した。
1992年にプロトが設立し、木村信也を代表としてスタートしたゼロエンジニアリング。その独特なカスタムマシンは瞬く間に人気となり、それは海外にも飛び火。“ゼロ・スタイル”はひとつのカスタムジャンルとして確立し、一世を風靡したのは記憶に新しい。
その木村がデザインし、2003年に初めて発売されたロードホッパーは、専用設計したリジッドフレームに39Φテレスコピックフォークを採用したタイプ1と、スプリンガーを装備するタイプ2の2種。シンプルかつコンパクトな仕上がりが目を引くスタイリングはもちろん、軽快な走りにも注目が集まった。
2005年には木村とプロトが共同開発したタイプ5が登場。グースネックのリジッドフレーム+オリジナルで設計したスプリンガーの組み合わせで前作タイプ1/2よりもカスタムテイストが強調され、低く長いフォルムとフォワードコントロール&一文字ハンドルによる前傾姿勢のライディングポジションはまさに“ゼロ・スタイル”を完成車で味わえるバイクに仕上がっている。エンジンはH‐D製のエボリューション・ビッグツインとS&Sのショベルユニットの2種がラインナップされた。
その後木村は2006年にゼロを辞めて単身渡米し、チャボエンジニアリングを開業。ゼロは木村の片腕だった前田紅石が引き継ぎ、プロト傘下から独立。木村とゼロを立ち上げた熊谷勝司とともに新人メカニックを交え、現在も変わることなく営業している。
ロードホッパーはその後、2010年には全モデルインジェクション化(モデル名の末尾がi)。2011年にはプロトが独自に設計/開発したタイプ9iの生産がスタートした。
この9iは一見するとリジッドながら、“マルチアーム・サスペンション”というユニークな構造のリアサスを持ち、タイプ5のグースネックとは異なる“ドラゴンネック”フレームを採用している。
木村信也とともにゼロエンジニアリングを立ち上げてハーレーダビッドソンのカスタムシーンに大きな足跡を残したプロトではあるが、そこでひとつの課題が生まれたのだという。
ただ一人のオーナーのために作られ、ビルダーとオーナーがダイレクトにつながっているカスタムバイクは、品質や信頼性という面で万人がターゲットの量産車とは考え方が異なっている。ならばメーカー製の市販車にはないカスタムテイストを持った量産車は作れないだろうか。モノづくりへのこだわりを徹底して追求してきたプロトのロードホッパー・プロジェクトはこうしてスタートしたのである。
ロードホッパーのファクトリーは
日本第5のバイクメーカーに。
ロードホッパーを販売するプロトは日本国内第5のオートバイメーカーである。2003年の販売開始当初はラスベガスに設立したプロトUSAで車両を組み立て、アメリカ公的検査機関の認証を取得し、それを日本に輸入するという形式だったが、のちにヨーロッパに輸出するために地元愛知に建てた工場で生産するようになった。2010年に世界で最も厳しいといわれるヨーロッパのTUV規格に合格し、愛知の工場からヨーロッパやアジア諸国に輸出されている。
ちなみに国内仕様に関しては、ラスベガスで組み上げたものを輸入し、それをみよし工場で品質確認した後に販売されている。
愛知県みよし市の工場を訪ねてみた。学校の体育館ほどの建物にドアを開けると、そこは広いスペースに延々と棚が並ぶ倉庫で、ものすごい数のパーツが在庫されている。さすが総合パーツメーカーだな、と思って眺めていると「これがロードホッパーのパーツです。車両の構成部品は全部で約1000点、すべてここでストックしています」との説明が。ここにあるのはロードホッパー用のパーツだけなのだ。
奥に進むと作業台で数人のスタッフが黙々と小さなパーツを組み立てている。その向こうには作りかけのバイクがズラリと並んでいた。オオッ、これはまさしくオートバイの生産ラインではないか! かつて見たミルウォーキーのH‐Dのようなベルトコンベアはないものの、リフトに乗っかった作りかけの新車が並ぶその様は、規模こそ小さいものの、まさしくメーカーの生産ラインそのものだ。
工場を案内してくれた広報担当者はこう語る。
「ウチはメーカーなので、あくまでも量産クオリティを求めなくてはいけません。設計から始まり試作し、膨大な時間をかけて走行や様々なテストを繰り返し、2年保証を付けていますから。それには日本で品質管理することが必要だったんです」
日本第5のオートバイ・メーカー。失礼を承知で言わせてもらうが、こんな場所で世界に輸出する高級オートバイが作られていることに、少なからぬ衝撃を受けたのだった。
膨大なパーツがストックされる倉庫。生産ラインでは専従スタッフが黙々とロードホッパーを組み立て、ヨーロッパやアジアに輸出される。
商品開発部部長、粥川悟。 | 徹底的に時間をかけて開発と ロードホッパー・タイプ5を木村信也とともに開発し、タイプ9を設計した粥川悟に話を聞いた。
「私はクルマのレースをやりたくて、工業大学を出て量産車やレーシングカーの開発をしている会社に入ったんです。レースの現場やメーカーのコンセプトカーの開発に関わった後、やはり自分でレースがしたくて会社を辞め、FJというカテゴリーで3年ほどレースに打ち込みました。そこでプロトの社長と知り合ったんです。
ロードホッパーのプロジェクトにはタイプ5から参加しました。どんなフォルムにするか、リジッドフレームで快適に走るために必要な“しなり”をどう求めるか、木村さんと徹底的に話をしてできたのがグースネックフレームです。
リアサス付きのタイプ9は、走行の速度レンジが高く、半面石畳のような路面も多いヨーロッパ向けに開発したものです。とはいえ普通にサスをつけてもロードホッパーらしくない。一見すればリジッドに見えながら、実はサス付き。つまりソフテイルのようなものですが、僕が4輪に関わっていたこともあって、マルチアーム・サスペンションを思いついたんです。もちろん木村さんが確立した“ゼロ・スタイル”を具現化するスタイリングやポジションを意識したことは言うまでもありません」 |
走ってこそ楽しい、
これもゼロのスピリット。
ロードホッパーの現行ラインナップの中から、タイプ2i/5i/9iを走らせた。
2003年にタイプ1とともに発表され、一時生産が終了したもののフューエルインジェクションを採用して再生産している2iは、とにかく乗りやすさが印象的だ。
H-Dのスポーツスターは入門用として語られることが多いモデルで、確かにビッグツインと較べれば車重が軽くスリムだから扱いやすいが、高いシート高に不安を感じるビギナーは多いはず。スポーツスターよりさらに50キロほど軽く、リジッドフレームによりシート高もきわめて低い2iは、乗りやすさと言う点でスポーツスターを大きく凌駕している。
ハンドリングは速度に関わらず至ってニュートラルでフロントエンドはよく動き、リジッドやスプリンガー初体験のライダーでも違和感はほとんど感じないだろう。また車体の軽量化はエンジンチューニングと同様の効果を生み出すから、エンジンがストックとはいえきびきびした加速フィールを味わえる。これにはオリジナルのインジェクション・マッピングも大きく貢献しているはずだ。
アップハンドルとミッドコントロールのステップがリラックスしたライディングを生む2iと大きく異なり、グースネック・フレームとフォワードコントロール、短い一文字ハンドルを採用した5iは、足を前方に投げ出して上半身が大きく前傾する独特なポジション。いわゆる“ゼロ・スタイル”そのものを味わうことになる。
跨って足と手を置いてみると若干窮屈さを感じるものの、走り出せばそれがライディングに適したポジションであることがすぐ分かる。ストレートはもちろん、コーナーリングも実にニュートラル。しなりを考慮したリジッドフレームと、専用設計のスプリンガーのマッチングを強く感じる。
搭載されるエボリューション・ビッグツインはS&Sなどの社外製ではなく、H-Dから供給される純正アッセンブリー。当然、未使用エンジンである。なつかしさが漂うEVOの加速フィーリングを新車で味わえるという意味でも希少な存在だ。
ビッグツインを搭載しながら230?という車重は、現行ツインカムのダイナやソフテイルのベーシックモデルが300?超、スポーツスターが260?超であることを考えると圧倒的に軽量。走ることはもちろん、取り回しも実に軽快で、これが“オートバイを扱う精神的プレッシャー”の軽減に大きく寄与している。特異なスタイルゆえ、実際の走りに不安を抱く人は多いだろう。その不安のほとんどは、もしこのマシンに乗る機会があれば解消されるに違いない。
記念すべきロードホッパーのファーストモデルはテレスコピックフォークの1iとこのスプリンガーの2i。シンプルで極めてコンパクトなリジッドフレームに、EVOスポーツの4カムユニットを搭載。ティアドロップのアルミタンクと、ゼロが得意とする絞り込んだアップハンドルの、軽快な街乗りチョッパー。発売以来10年を経ても新鮮さは衰えない。
これぞ“ゼロスタイル”と言うべき地を這うフォルムと、独特のライディングポジション。寝かされたネック角からクセの強いハンドリングを想像する人も多いだろうが、ステアリングはいたってニュートラルなのに驚く。細部までこだわった作り込みはワンオフのカスタム車を思わせる。サドルバッグをはじめとするオプションパーツが取り付けられていた。
走り屋の多いヨーロッパ向けに“アウトバーン品質”を目指した9i。オリジナルのマルチアームはリジッドフレームのラインを損ねていない。ホイールはフロント18インチ/リア16でクラシカルなファイヤーストーンを履く。ショットガンスタイルのマフラーは裏に設けた排気ボックスを経由し消音するという凝りよう。きわめて高いペイントのクオリティが写真からも伝わる。