ここまでは「インジェクション」製法について紹介したが、K&Hのシートの秘密はもちろんそれだけではない。製法以外の努力と工夫があるからこそ、ユーザーから高い支持を得られているのだ。そこでこの項ではK&Hのシート開発から完成までの過程を追い、各工程でどれほど手がかけられているのか、順を追ってご紹介したい。
K&Hの上山氏曰く「うちのシートは値段が高いかもしれません。でも、かけられた手間を知っていただければ、むしろ安いと思っていただけるでしょう」と自信を持って話してくれた。K&Hにじっくりと密着取材をした結果知ることができた、シート開発の苦労の数々、一つのシートが出来上がるまでに、これほど手間がかかっていることを知っていただき、その真摯な姿勢を労いたい。
シートの製作を始めるにあたって、最初はスポンジを支えるFRP製のシートベース製作に取り掛かる。車体への取り付け位置を決め、シートベース裏の「ゴム足」の取り付け位置を決める。「シート裏に『ゴム足』をつけるのは車体に傷をつけないだけが理由ではありません。車体から伝わる微振動を防ぐ役割もあるんですよ」。
最後にレザーをシートベースにどう取り付けるのかを決め、やっとスポンジ形状の設計に取り掛かることができるのだ。スポンジ形状を決めるときは、完成品のスポンジ形状と同じものを木やFRPで製作する(これをマスター型という)。「跨ってのチェックだけだとわからないこともあるので、マスター型をつけて試乗することもあります。問題が見つかればシートの座面を削り、細かな微調整を加えます」。ときには何ヶ月もかけてマスター型を製作し、そしてスポンジを流し込む「シート型」が完成する。
シートレザーは屋外で使用されるため、本革はまず使用されない。「まず、スポンジの動きを妨げないレザーであること。他にも色が褪せないことや水に強いこともレザーには求められます」。多くの素材で実際に走行しレザーは選び抜かれるのだ。そして次に縫製作業に入る。縫い糸の太さから縫いのピッチまで、車体に装着したときにもっとも栄えるようにと考えられている。
構造上防水出来ないタックロールは、一見すると縫製されているように見えるが、工夫された型でレザーを押し作られているのだ。しかし、タックロールを除いたレザーは縫い合わせることに拘る。ステッチ(縫い目)、パイピング(レザーの間に丸められたレザーを装飾で挟み込むこと)には防水処理も施される。その作りは遠目から見ても違いがわかるほど。ここまでK&Hの細かい拘りを見てきたが縫製にもそれは及ぶ。
原型・型・レザーまで造り上げられたシートは試作品が作られ、365日季節を問わず最終チェックの試乗が行われる。試乗といっても数十キロの試乗ではない。下道から高速まで、ストレートからコーナーまで、あらゆる条件下で望む動きをしてくれるのか、を試すのだ。「1日で1000kmを走ることもあります。製品化するには絶対に必要な作業ですから長距離試乗は欠かせません」と上山氏は言う。
ダブルシートのテストでは二人乗りでの試乗までが行われ、修正が施される。K&Hのシートがオーナーだけでなく、タンデムライダーから評判がいい秘密はこの徹底した試乗テストにあるのだ。「ウチは『シート屋さん』ではなく、『シートメーカー』です。メーカーの誇りをかけ、中途半端なものは製品化しません。」世界中のどこのシートメーカーと比較しても、ここまで徹底して造り込んでいるところはないのではないか。
K&Hのシートを手に取る機会があればシートの裏側を是非見てみよう。レザーは剥がれないよう、ラバーとボルトでしっかりと取り付けられていることがわかると思う。一般のシートはここがホッチキスなどで留められているので、レザーがほつれてしまうのだ。また、微振動の吸収と車体への傷を防ぐ「ゴム足」も装着されており、空気を逃がす穴も各所に設けられている。
インジェクションスポンジがどのようなものか、レザーを剥いでみるわけにはいかないので、この空気穴からスポンジを見ることができる。表も裏も前後どこから見ても、隙がなく製作されているのがおわかりいただけるだろう。乗っただけでも違いがわかるけれど、眺めてみるのも楽しい。それがK&Hシートだ。