笠岡のいくつもある小さなフェリー乗り場に着いたのは16時50分。三洋汽船の係員に白石島に行きたいことを告げると、最終便が17時に出るとのこと。「乗り場が違うけど、急いで行けば間に合うかもよ」と、ノンビリした口調で「急げ!」の忠告。出航ギリギリのフェリーに飛び乗った。
笠岡港から南に約12キロに位置する白石島は、面積2.86キロ平方メートルの小さな島。現在、人口は800人強を数えるだけで、夏の海水浴シーズン以外は観光客もまばらで過疎化が進んでいる。旅館や民宿が数件あるらしいが予約はしてこなかった。
ボクとスポーツスターを珍しそうに見ている甲板員に、今夜泊まれそうな民宿があるか相談してみた。インターネットで調べておいた民宿「さんちゃん」の名前を言うと、「その民宿なら知ってるよ」と満面の笑み。手の空いたときに電話して、男がひとり、いまから行くから泊まれるか聞いてみてくれるという。小さいながらも旅客船の運行中。その船員が自分の携帯電話を取り出して、客のために宿を取ってくれる。なんとも人情深い話ではないか、ありがたい。
白く塗った小さなフェリーは、船体の中央にブリッジがあり、そこに操舵室が乗っている。行手には島がいくつもある。太陽は水平線のかなたではなく、つつましやかな大きさの紅い玉となって、いくつも重なっている島陰の向こうに沈む。
小説で読んだ景色が、いま目の前にある。想像だけで思い描いていた光景を自分の目で確かめることができ、ボクは感激した。
あっという間に陽が落ち、月明かりで照らされた海面を潮の香りを楽しみながらノンビリ眺めていると、さっきの甲板員が船賃をもらいにボクのところに来た。どうやら民宿に話しをつけてくれたらしい。電話の向こうでは、「大したおもてなしはできないけど、どうぞ来たらいい」と言っていたことをぶっきらぼうに教えてくれた。
何度もたくさんのお礼をボクは言いたかったが、民宿に泊まれることをボクに告げると、すぐ仕事に戻ってしまった。
ボクよりも年上なんだろうな、がっちりした体つきで男らしさに満ちあふれている。海の上で働くって、どんな感じなんだろうか。パソコンの前で肩こりに悩まされている自分には想像すらできない。船が港に着き、太い腕でロープをたぐり寄せたり、大声を出して指示しているのをボンヤリ見ていると、なんだか自分が都会のもやしっ子みたいで情けない気分になってくる。
つづく
バイク雑誌各誌で執筆活動を続けるフリーランス。車両インプレッションはもちろん、社会ネタ、ユーザー取材、旅モノ、用品……と、幅広いジャンルの記事を手がける。モトクロスレースに現役で参戦し続けるハードな一面を持ちつつも、40年前のOHV ツインや超ド級ビッグクルーザー、さらにはイタリアンスクーターも所有する。