さて、再びCVキャブレターに注目しはじめたものの、自分が思い描くCVキャブレターを作り出すために「CVキャブレターはなぜハーレー純正として採用されているのか」を知る必要がある、と考えました。
エボリューションからツインカムに至るまで、ハーレーの全車種で採用されているのはCVキャブレターただ一つです。ハーレーが拠点を置くウィスコンシン州の近くには「S&S」があり、近辺には他のキャブレターのメーカーもあります。それなのに何故、わざわざ遠く離れた日本の「ケイヒン」からハーレー用のキャブレターを採用しているのか、それは「ハーレーに最も適したキャブレターはCVキャブレターしかない」ということなのではないでしょうか?
しかし、当時は私も含め多くの方々が「CVキャブレターはダメだよ」と思ってしまいました。CVキャブレターは「セッティングができないキャブレター」だったからです。しかし、それは仕方がないことだったのかもしれません。そもそも、CVキャブレターは「純正システム」のために作られており、少々ジェットを触ったとしても目立った違いはでてきません。もちろん、若干の違いは出ますが、それ以上を求めるとなるとキャブレターのバランスが崩れ、調子が悪くなってしまいます。過去の我々は「純正システム」という枠組みの中でCVキャブレターを何とかしようとしたため、バランスを崩してしまっていたのだと気づきました。
バランスを崩さずにCVキャブレターをチューンしてやるためには「純正システム」の束縛からCVキャブレターを解き放ってやればいい、私はそう結論づけました。しかし、いざ「純正システム」からCVキャブレターを解放しようとしても、CVキャブレターにはブラックボックス状態になっている機構がありました。下手にブラックボックス部分を触られてしまうと、純正システムのバランスが崩れてしまうため、メーカー側が敢えて触れないように隠してしまっている部分があったのです。
私が考えるCVキャブレターにたどり着くためには、このブラックボックスを触る必要がありました。「純正システム」からCVキャブレターを解放するためには、その機構を解明しなければなりません。しかしそこは、誰もが触れてこなかった機構だったため、ノウハウもゼロ。まったくの手探りで研究に取り掛からなければなりませんでした。幸い、過去に取り外したキャブレターがショップの倉庫には何百と転がっていましたから、そのキャブレターを実験台に研究を始めることにしました。単純に、データ上でパワーが出ているだけのCVキャブレターではなく、CVキャブレターの特徴である「扱いやすさ」や「爽やかな走行感」を生かした、今までになかったCVキャブレターを開発する。それが、フルチューンのコンセプトで、それには感覚に訴えかける部分も考慮しての研究が必要不可欠でした。
研究をはじめた当初はトライ&エラーの繰り返しでした。今までの経験から、エアやガスのラインを少しずつ変えたり、スライドピストンを加工したり、仕事の合間にシャーシダイナモ上でデータ取りに明け暮れたり、それは膨大な時間を費やしました。当初思い描いたような、良いセッティングのモノができあがるまで、100個近くのCVキャブレターを壊してしまったのではないでしょうか。なかなか思い描くモノができず、やめてしまおうかと思ったこともありました。しかし、自分たちの楽しみのためにスタートした研究にとことん時間をかけることができ、その研究期間は大変面白いものだったと今にして思います。
長い製作期間をへて、やっとプロトタイプのフルチューンCVが出来上がりました。それまで、バランスのいい理想的なCVキャブレターは一つもできなかったのですが、プロトタイプが1つできたことで流れは変わりました。プロトタイプをベースに調整を行うことで、乗り手の好みによって何種類もの味付けができるようになりました。試してみたいセッティングはいくらでもあり、どんどんラインナップが増えていき、15種類ものフルチューンCVがあった時期がありました(笑)。この15種類フルチューンCVはどれも面白いモノで、それぞれ少しずつ味付け、乗り心地が違っていたものの「CVらしい扱いやすさ」は崩れてはいませんでした。
自分たちが楽しむため15種類も造ってしまったフルチューンCV。自分たちが時間をかけて造り上げたモノだけに自信はありました。そこで古くから知る方々にフルチューンCVを付けて走っていただき、感想をいただくことにしました。「このタイプは面白い!でも、こっちは何かピンとこないなぁ」。具体的ではなく、感覚的にどれがいい、という答えが返ってきました。しかも、テストをしていただいた方が気に入るモノは皆さんバラバラ。その当時、すでにデータ上ではどのタイプも満足の行く数値が出ていましたので、「どれがいい」というのはもう感覚的な問題だけだったのです。
人の好みなだけに、商品化を決めてから15種類を絞り込んで行くのは難しい作業でした。しかし、単にデータだけでなく感覚的な部分でも満足できるモノを造り上げる、と決めていましたので「ちょっと速過ぎる」や「もっと鼓動が欲しい」という意見にも耳を傾けました。「誰が乗っても違和感がなく、満足できる」そんなCVキャブレターにしないと、特定の人しか合わないキャブレターになってしまう…。ハーレーに乗る多くの方が求める感覚までも追求する。そう決めて、そこからさらなる調整を繰り返し、今のフルチューンCVが完成しようとしていたのです。