スプリンガースタイルはそのままに
走破性を高めたキットとして誕生
1920年代に登場して以降、ハーレーの主要なサスペンションとして活躍してきたスプリンガーフォーク。クラシックスタイルに欠かせないツールのひとつとしてカスタムハーレーに用いられることも多く、ゼロスタイルと形容されるロードホッパーにもスプリンガーフォークは採用されている。しかしながら時代の流れとともに性能アップをはたしたハーレーに、前時代的なスプリンガーフォークは性能を二の次としたスタイルありきのカスタムツールという位置づけになりつつある。今回紹介するゼロデザインワークスのスプリンガーフォークキットは、スタイルはそのままに素材や構造をイチから見直して現代のロードシーンに合う仕様へとブラッシュアップをはたした"進化版スプリンガーフォーク"なのだ。
バイクとしての高い走行性能を実現した
現代版スプリンガーフォークを作り出せた
「日本人が考える最高のスプリンガーフォークを作ろう」
その言葉から始まった開発プロジェクトは、製品化に至るまで足掛け3年と、数ある開発企画のなかでもっとも時間を要したという。だからこそ、このキットには大きな自信を抱いている。
現代のロードシーンや高性能化した最新のハーレーモデルを考えると、スプリンガーというフロントフォークシステムは決して適切ではない。というのも、1920年代に生まれたこの構造は、未舗装路が多かった当時のアメリカを走るうえで「最低限の衝撃を吸収すること」を目的に開発されたもので、道路環境が進化してから生まれた油圧式テレスコピックフォークとは根本的な開発コンセプトが異なる。運動性能は二の次で、あくまでクラシックスタイルの再現やカスタム色を前面に押し出すことを目的としたツールとして扱われてきた。そこで商品開発部MC開発課の井野口 亮一氏に話を伺った。
「私たちが目指したのは、"乗って楽しい!"と感じられるスプリンガーフォークを作ること。デザインもひとつの機能だと思っていますので、スプリンガー本来のスタイルはそのままに、どこまでサスペンションとしての性能を高められるか、が焦点でした」
走行性能はもちろん、耐久性をも高めることを目的に始まった新型スプリンガーフォーク開発。まず着手されたのは、本体であるアームを象る素材選びだった。採用されたのは、「シームレスパイプ」と呼ばれる継ぎ目のない特殊な鋼材だ。通常は鉄板を丸めて電気溶接したパイプ材が用いられるのだが、溶接パイプだと大きな負荷がかかったときに割れてしまう恐れがある。求める強度と耐久性を実現するうえで、シームレスパイプは不可欠な素材だった。
「強度バランスはもちろん、素材そのものの粘りという点でもシームレスパイプの信頼度は非常に高いんです。そのうえで、スプリンガーのアームデザインに合わせてパイプの肉厚を厚くするなど、試行錯誤を繰り返した末に、このベストなアームができあがりました」
また最終製品には工業試験場に持ち込んでの強度チェックを行うなど、性能と安全性、耐久性に対するアプローチは徹底されていった。
株式会社プロト 商品開発部 MC開発課
井野口 亮一 氏
かつてプロのレーサーを目指した経験を持つエンジニア。20年以上、三重県鈴鹿市にてレーシングパーツ開発および製造に従事。現在プロトにてロードホッパー開発部門の責任者でありバイク用パーツの開発を行う。
続いて着目したのが、ホイールとアームのジョイント部だ。スプリンガーフォークの構造を見てみると明らかなのだが、ホイールの中心軸に対してロッカーが水平にオフセットされており、垂直の動きに対して衝撃を緩和することを目的としたシステムになっている。未舗装だったフラットダートで緩やかに走るときならば問題ないものだが、アスファルトの道路でタイヤをグリップさせながらバンクするとなると、当然ジョイント部分にねじれが発生し、ロッカーが水平に組み付けられているがゆえに負荷が大きく、稼働部のダメージはもちろんサスペンションとしての動きそのものも阻害してしまう。
そこで採用されたのが球面ベアリングだ。F1マシンにも採用され、円を描くように動く球面ベアリングは稼働時の衝撃を分散させつつ、さらにはバイクとしての旋回性をも高める役目をはたす。なんと、スプリンガーフォークが抱えるふたつの問題をクリアできる画期的なパーツなのだ。
「ライディング時の旋回性を高めるうえでフロントフォークに求められるのは、荷重がかかっているなかでどれだけ滑らかに動けるかどうか。しかし従来構造では、ロッカー組み付け部分に問題があり、動きを阻害されていました。その問題を解決するために採用したのが、球面ベアリングでした。結果、私たちが求めるスプリンガーフォークに最適な旋回性を得ることができ、球面ベアリングの性能を最大限に発揮できるように構造を煮詰めていきました」
従来構造のものと見比べれば一目瞭然で、クラシカルな雰囲気はそのままに強度を保ったブラケットを新たに設計。こうした細やかな作り込みによって、ジョイント部分は劇的にグレードアップすることとなった。
そして、サスペンションの生命線であるスプリングそのものも見直された。スプリンガーフォークのスプリングは圧縮がかかるアウターとリバウンドスプリングのインナーという2つが組み合わさった構造になっており、それぞれに用いるスプリングピッチとその組み合わせによって動きはまるで異なる。
「ここで重視したのは、衝撃を受けてからフォークの動きが落ち着くまでのリカバリーの速度。スプリンガーという構造であっても、サスペンションである以上はハンドリングを阻害しないベストなセッティングを出さなければいけません。組み合わせの模索については、ひたすらトライ&エラーを繰り返しました」
スプリングの組み合わせを変えながら試乗に出て、スタッフが感じた印象をすべて書き出し、そのうえで目指すべきスプリンガーフォークにふさわしいものを採用した。そうして生まれた進化版スプリンガーフォークは、企画当初に掲げた目標以上の走行性能と耐久性を兼ね備えていた。
「ハーレーの場合、どうしてもビジュアル面が重視されがちですが、やっぱりバイクとして"乗って楽しい"と感じられることが最高の喜びだと思います。その点で言うと、このスプリンガーフォークはあらゆるネガティブな要素を削ぎ落し、正常進化した究極のスプリンガーフォークと言えるかもしれません」
井野口さんが自信をみなぎらせるスプリンガーフォークは、よりパワーアップしている近代ハーレーにも採用できるレベルまで高められていた。
スポーツバイクとしての表情を覗かせる
まったく新しい乗り味のスプリンガーシステム
現代とはまったく異なる道路環境と時代背景から生まれたスプリンガーフォークは、そのクラシカルなフォルムが魅力的なことからビンテージ系カスタムに用いられることが多々あるが、ライディングをメインに採用するビルダーやライダーはまずいない。基本設計が古いこともあり、バイクそのものはもちろん、周辺環境が大きく進化したがゆえのミスマッチに他ならない。それゆえスプリンガーフォークそのものに対してはスタイルありきで、当の私自身も現代のバイクのようなライディングを楽しもうなどと思ったことは一度もなかった。
目から鱗が落ちる、とはこのことを言うのだろう。試乗前の期待値は決して高くなかった。いや、低かったと言ってもいい。それがどうだろう、想像していた以上の滑らかな動きに、一瞬戸惑いを覚える。ハイウェイに乗って速度域をあげていっても、目の前で上下に動くスプリングはしっかりと衝撃を分散させ、ライダーに安心感を与えてくれる。先入観という名の垢が剥がれ落ちていくような思いだ。
そしてタイトなワインディングに飛び込んだときに、わずかに残る疑念が見事に消え去った。特に驚かされたのが、コーナーからの立ち上がりから加速するまでの動きに無駄がなかったことだ。DURO CRASSICタイヤを前後に履いたドラッグバー仕様というタイトなモデルであったことから、国産ネイキッドモデルやスーパースポーツのような速度域で突っ込んだわけではない。が、スプリンガーフォークの性能を高めたという事実を感じさせる効果は十分すぎるものだった。
コーナーに飛び込む際にしっかりとブレーキをかけ、立ち上がると同時にブレーキから手を離し、スロットルを開けて一気に加速する。ここでフロントフォークの動きがぎこちないと、ハンドリングが落ち着かずスムーズに加速することができない。スプリンガーフォークに対してネガティブな印象を持っていただけに、そのスポーティな挙動はスプリンガーでは実現できないと思っていたが、さらなる楽しさを切り開いてくれるものだった。
すでに好評を得ているこのスプリンガーフォークには、車種に合わせたハブ対応のブレーキコンプリートキットも用意されている。キャリパーはブレンボ製で、純正の11.5インチディスクローターをそのまま流用できるという優れものだ。これだけパフォーマンスがしっかりとしたスプリンガーが多くの車種に適合するのだ、カスタムの選択肢としてグッと身近なパーツになったと言えよう。
スタイルと性能を見事に両立させた進化版スプリンガーフォーク。改めてメイドインジャパンのクオリティの高さを見せつけられた想いだ。
タイトなワインディングでも、しなやかで粘りのある動きを味わわせてくれた。シームレスパイプやベアリングの採用、そしてスプリング構造の見直しと、すべての組み合わせがスポーツバイクのような動きを可能にしている。
今回試乗したのは、エボリューションエンジンを搭載するソフテイルをベースとしたコンプリートバイク[ZDC-80D]というモデル。アメリカに現存するエボリューションモデルを輸入し、スプリンガーフォークをはじめとするゼロデザインワークスで手がけるパーツでカスタムした、まったく新しい考え方の車両だ。車輌販売価格258万円(税抜) ※2015年度限定10台。2016年以降も販売予定。写真は特別色。
ブレーキキットは、ブレーキング時にフォークが伸びてフロントが上がるという、今までのスプリンガーフォークの弱点を改善し、自然なライディングフィールを実現している。
BRAND INFORMATION
住所/愛知県刈谷市井ヶ谷町桜島5
電話/0566-36-0456
営業/9:00-18:00(月曜~土曜)
国内最大級の二輪用パーツメーカー&ディストリビューター。世界各国からさまざまな特色あるアイテムを輸入すると共に、同社の手によって開発されたオリジナルパーツも多数展開している。