ハーレーのカスタマイズにおいて「北米マフラー」というワードが一般的になって久しい。オーナーにとっては、もはや説明の必要がない言葉になってしまっているという印象だが、最近ハーレーのオーナーになられた方や、興味を持たれた方もいらっしゃるはずなので改めて紹介しておこう。いわゆる「北米マフラー」とは、ハーレーの母国である米国において純正パーツとして装着されているマフラーのことを指す。つまり、ツルシの状態で車両に組み込まれているごく普通のマフラーだ。では、なぜその普通のマフラーが日本で珍重されているのか……。ご存知の方も多いと思うが、世界中のマーケットに輸出されるバイクには、仕向地ごとに異なる仕様が用意されるのが一般的だ。そして、ハーレーに関して言えば、カナダを含む北米仕様に装着されているマフラーにはさまざまなメリットがあるということがユーザー間に知れ渡り、それに交換することがカスタマイズのメニューとして定着したのである。
-
スポーツスターと北米マフラーの組み合わせでは、ほどよい音量アップと鼓動感の増幅が感じられた。詳しくは過去記事「北米マフラーの誘惑」にて。
-
ビッグツインと北米マフラーの相性も抜群。瞬時に車体を安定させる豊かなトルクが魅力だ。詳しくは「ビッグツイン×北米マフラー」にて。
このカスタムの源流でありパイオニアが、横浜・本牧のカスタムショップ「パインバレー」だ。同ショップを訪問すると、一口に北米マフラーといっても実に奥が深いことが分かる。車種・年式ごとにさまざまな違いがあるのだ。しかし、北米マフラーの外観は日本仕様と大差なく、一見して分かるポイントと言えば、マフラーエンドの口径が大きいことぐらい。よって、デザインや音、キャラクターをガラリと変えるカスタムを目指している人にとっては興味の対象外だと思うが、オリジナルの完成されたスタイルやジェントルな性能を大切にしたいと考えているオーナーにとっては、これが重要なファクターとなる。外観を大きく変更することなく、母国を走るハーレー本来のキャラクターを取り戻すという密かな愉しみ。これに多くのオーナーが共感したからこそ、「北米マフラー」がライトカスタムの定番として定着したのだろう。
巨大な車体に見合うトルクとレスポンスが必要なツアラーにとっても北米マフラーはベストマッチ。詳しくは「北米マフラーで愉しむハーレーのライトカスタム」にて。
これまでの記事では、「ほど良く音量と鼓動感がアップする」、「抜けが良くなりパワフルでスムーズになる」、「完成されたデザインを崩さない」ことが北米マフラーのメリットであることをご紹介してきた。それらについては過去記事をご覧いただくとして、今回はパインバレーの最新デモ車両であるスポーツスター XL1200X フォーティーエイトのショートインプレッションをお届けしよう。この車両にはこれまでとはかなり方向性が異なるカスタマイズが施されているというが、例によってあまり詳しい説明を聞かないうちに走り出すことにした。ほぼノーマルのスポーツスターが身近にあり、近年のモデルにも乗りなれているつもりだが、試乗車に関する予備知識があると、印象がそれに引き摺られてしまうと思ったからだ。しかし…。
そうした微妙な差異を感じ取るための配慮はまったくの無駄だった。発車した瞬間からそれは「別物」だったからだ。始動した瞬間からアイドリングが力強く、エンジンの身震いははっきりと目視できるほど振れ幅が大きい。そして、いつもの調子でクラッチをミートするとシート後端まで腰がずれてしまった。それぐらいこのフォーティーエイトはトルクフルだ。ツルツルとした本皮製のサドルは洒落た外観で捨てがたいが、このフォーティーエイトにはミスマッチ。そう感じられるほどにエンジンは力強くレスポンスも素早い。
交差点で停止し、信号待ちから発進してすぐ左折。なんでもないシチュエーションだが、多くのことが実感できるポイントだ。極低速ゆえふらつきやすいが、このフォーティーエイトはアイドリング付近からあり余るほどの駆動力を提供してくれるので、リアブレーキを引き摺ったときの安定感がすばらしい。ノーマルだと右手と右足を相談させながらコントロールする場面だが、エンストとは無縁の豊かな低速トルクががっちりと車体を支えている。ここからジワッと右手を開けて交差点を脱出するのだが、必要なパワーを一瞬で呼び出せるセッティングのエンジンゆえ、狙ったラインにピタリと載せることができる。アイドリングより上はすべて実用域という感じで、極低回転でトルクのほとんどが発揮されているというフィーリングだ。手に吸い付くようなローランドサンズ製のグリップに変更されているため、ストレートではついパカパカと開けて楽しんでしまうが、パワーの出方を注意深く味わえば1ミリのスロットル開度が大きな意味を持つのが分かる。決して神経質ではないが、それぐらいライダーの意思に忠実なレスポンスだ。パインバレーのカスタマイズにしては珍しくリアサスペンションがオーリンズに変更されているのも特徴のひとつ。例の標準タイヤを装着していることから判断すると、コーナリング中の落ち着いた挙動と優れた乗り心地、そして大パワーを受け止めるグリップ力はこのしなやかな後ろ脚によるところが大きいはずだ。
-
抜けの良い北米マフラーが要求するハイフローを実現するエアクリーナー。ローランドサンズ製のカバーが組み合わされ、迫力ある吸気音も愉しめる。
-
同じくローランドサンズ製のグリップやレバー類によってカスタマイズされたハンドルまわり。スロットルやブレーキのフィーリングが向上している。
-
ジェントルでほど良いボリュームの排気音を奏でる北米マフラー。プーリーはUS仕様、ステップはローランドサンズ製で、高級感漂う仕上がりとなっている。
よくパワフルなことを指して「馬の数が多い」というが、このフォーティーエイトはまさにそれに該当する。しばらく忘れていた表現だが、力強く地面を蹴る野生的な乗り味はそれを思い出させてくれた。スラッシュカットされた北米マフラーを装着する外観はまさに「ライトカスタム」なのだが、乗り味自体は完全に「フルカスタム」。従来の北米マフラーを軸としたカスタマイズはオリジナルの乗り味にちょっとしたスパイスが加わる感じだったが、このフォーティーエイトはまったく違う。どこかかつてのビューエルを思い起こさせる、超刺激的な乗り味に変貌しているではないか。はたして、パインバレーが標榜する新たなライトカスタムのレシピとは如何なるものなのか……。
試乗後に確認したところでは、このフォーティーエイトのピークパワーは75馬力近く出ているという。これまでテストした北米マフラー仕様のハーレーでも 15 馬力前後の出力向上は普通だったが、75馬力というのは尋常ではない。恐らく、日本仕様のノーマル車両に対して 20 ~ 25 馬力程度上乗せされているはずだ。そこでスタッフに尋ねたところ、このフォーティーエイトのインジェクションを制御しているマッピングROMは新たな内容に上書きされていると言う。もともとパインバレーはサブコンなどを使用したカスタマイズにも積極的だったが、それがついに ROM チューニングの領域にまで到達してしまったというわけだ。そして、今回試乗したフォーティーエイトをシャーシダイナモに載せて計測した出力特性はご覧の通り。書き換え作業はスクリーミン・イーグルの「PRO スーパーチューナー」というモジュールを経由して行われている。
赤い線が今回のフォーティーエイトをシャーシダイナモに載せて計測したデータ。青い線が示す日本仕様のノーマル車両と比較すると、北米マフラーを装着して ROM チューニングを施したフォーティーエイトは、パワー・トルクともに谷がないスムーズなカーブを描いていることが一目瞭然だ。また、わずか2,100回転付近で最大トルクの 90% 以上が発揮され、さらにパワーは高回転域まで綺麗に伸びていることが分かる。豊かな低速トルクとリニアな出力特性は、試乗で感じたとおりの印象だ。
ピークパワーが 75 馬力近くまでアップしているのも驚くべきことだが、それとともに注目すべきポイントは極低回転域からトルクが急激に立ち上がっていることだ。発進時の力強さや、低速での豊かな駆動力はこの特性によってもたらされていたのだ。そしてまた、どの回転域でも右手にリニアに反応するキャラクターは谷のない直線的なグラフが証明している。このフォーティーエイトには「何かある……」と感じていたが、「別物」と思うほどの変貌ぶりは、もはやライトカスタムとは言えないレベルに達してしまっている。
もともと日本仕様のマフラーもハーレーがベストを尽くして開発しているわけで、北米マフラーを装着してもキャラクターが劇的に変化しないことは当然のこと。そして、パインバレーもその微妙な差異を愉しむカスタムを提案してきたわけだが、ROM チューニングのノウハウを得たことによってその可能性は大きく広がったと言って良いだろう。例えば、北米マフラーを装着しつつもひたすらパワーを追求することもできるだろうし、自分が乗りやすいように独自の味付けをすることも可能だ。ちなみに、このフォーティーエイトの場合は違いを実感しやすいようにあえてそうしているのだが、実際には低回転域のトルクを少し弱めた方が乗りやすいと感じる人も多いはず。そういったオーナーの好みに応じた微調整も自由自在だ。
本国のレースやディーラーなどでも使用されているスクリーミンイーグルの「PRO スーパーチューナー」。車載コンピューターにアクセスし、ROM の内容を書き換えたり走行データの収集が可能となるモジュール。出力特性が大きく変化する可能性があるので、作業はショップにて行うのが理想的だ。パインバレー販売価格 60,000 円(税込)。
今年3月、ついにパインバレーの姉妹店「GOODOM(グッダム)」が大阪市にオープンする。シャーシダイナモを完備した本格的な販売店だ。
北米マフラーのセッティングにも精通するDYNOMAN・野口商会の坂口 真一氏。シャーシダイナモのスペシャリストで、経験とノウハウは豊富だ。
気さくで何でも相談できるパインバレーの店長の秋山さん。「ハーレーに関することなら、納得できるまで質問してください」と語る。
取材当日もお客様が来店中。くつろぎやすい清潔な店内では作業の様子を間近に見ることができるから、安心して愛車を任せられる。
北米マフラーを軸にしたカスタムを提案することに変わりはないが、こうした ROM チューニングやパワーチェックなどもサービスとしてメニュー化されるという。そうなれば当然パワー測定やセッティングのスキルが必要となるが、パインバレーでは大阪にあるシャーシダイナモのスペシャリスト「DYNOMAN・野口商会」と提携し、チューニングにも力を入れている。3月には同社の姉妹店「GOODOM(グッダム)」を大阪市にオープンし、関西方面でもパインバレーと同等の販売・サービスを開始するほか、10月には横浜・本牧のパインバレー自体にもシャーシダイナモが導入される。
実は今回テストしたフォーティーエイトのインジェクション ROM も、パインバレーとダイノマンの2社によって共同テストを行い、北米マフラー用のスペシャルマッピングに書き換えられているという。そして、このフォーティーエイトのチューニングを担当したDYNOMAN・野口商会の坂口 真一氏はこう語る。
『社外品のマフラーは改めてセッティングすることが必要不可欠ですが、基本的に北米マフラーはポン付けでも大丈夫。噂で聞いていたものの、私も最初は半信半疑でした。でも、シャーシダイナモに載せてみてそのバランスの良さに納得させられました。質感も高いしメッキも厚くて丁寧、リーズナブルな価格で手に入る純正パーツとしてはずば抜けて高品質だと思います。しかしながら、北米マフラーもセッティング次第ではもっと魅力を引き出すことが可能です。パインバレーのフォーティーエイトはそれを分かりやすく表現したつもりです。試乗すればその違いに驚く人も多いことでしょう』
新たにハードウェアを追加するわけではなく、搭載された ROM の内容を変更するだけなので、ROM チューニングはコストパフォーマンスも期待できるカスタマイズ手法だ。パインバレーの場合は、あらかじめセッティング済みの内容に書き換えるだけなら 15,000 円、シャーシダイナモで計測した上で PRO スーパーチューナーを使用し車両ごとに個別のセッティングを施す場合は 60,000 円(いずれも税込)という料金を予定している。その効果を考えれば実にリーズナブルな料金だ。また、今回登場したフォーティーエイトはパインバレーでいつでも試乗することができるという。比較的たっぷりとした試乗コースが用意されているので、興味がある方はぜひ体験していただきたい。
YouTube 動画などを駆使して、北米マフラーや社外品マフラーのサウンドを分かりやすく表現しているパインバレーだが、それでも実車が奏でる排気音を完全に再現することは難しい。ましてや、北米マフラーを装着することで愛車の乗り味がどのように変化するかは、実際に体験してみないことには分からない。北米マフラーは比較的リーズナブルな価格ではあるが、絶対に失敗したくないという人も多いことだろう。そんな要望に応えるため、パインバレーではテスト用マフラーのレンタルサービスを行っている。北米マフラーはもちろん、各社外品ブランドのマフラーなども設定されており、レンタル期間は2週間。価格もスポーツスターなら1セット 6,000 円、その他の車種なら 5,000 円とお手ごろ。さらにマフラー購入時にはレンタル料金の半額がキャッシュバックされるので、じっくりとマフラー選びをしたい方には最適なサービスとなっている。
※記事中の価格は2013年2月現在のものです。