前回のコラムで「高速域でないとラムエアーシステムは利かない」と書きました。さて、「ラムドーピング」ではその問題をいかにして克服したのか…。実は私の「ラムドーピング」でも高速域でないと利きません。サーキットで求められる「ラムエアーシステム」の性能は、私が「ラムドーピング」に求めていたモノとは少し違っており、その問題は克服する必要はなかったのです。
「ラムエアーシステム」が風圧を利用してエンジンにより多くの混合気を送り込んでやるシステムだということは、もうおわかりですね。自然の力を利用する以上、低速走行で取り込まれる風圧が弱いときには「ラムエアーシステム」の力強さが体感できないのは当然のことなのです。
私が「ラムドーピング」で狙っていたのは、できる限り多くの混合気をエンジンに送り込むことではありませんでした。ターボのように「エンジンが欲しがる以上の混合気を無理に送り込む」のではなく「エンジンが欲しがる最適な混合気を送り込む」システムですので、無理に「圧」をかける必要はなかったのです。もちろん、高速時に従来以上に加速が伸びるその特性は魅力的ですし、その特性も併せ持っていますが、本当に狙っていたのは「『風圧』を利用し、どんな状況でも常に最適な燃焼がエンジンで行われる」ことでした。そのため低速~中速域での風圧が弱くとも問題はなかったのです。
ラムドーピングの簡単な仕組みをご理解いただかないと、この記事は理解しにくいでしょうから、ここで現在の「ラムドーピング」の仕組みを簡単にご説明いたしましょう。
ラムドーピングが施された車両は見た目には大きく変わりません。ストックとの違いはエアクリーナーが加工されていることくらいでしょうか。エアクリーナーカバーをよく見ると、車両の進行方向側が加工され、エアクリーナー内部に走行風が流れ込むよう、吸入口が開かれています。エアクリーナー内部には通常のキャブレターへの空気通路以外に、取り込まれた空気が流れる別の通路が作られています。この通路はバルブを通じて、キャブレターのフロート室、ガソリンタンクに繋がっており、取り込まれた走行風の風圧をこの2箇所にも送り込みます。この仕組みのおかげで、キャブレターの空気通路、キャブレターのフロート室、タンク内部が常に同圧になり、空気とガソリンのバランスが取れるようになっています。つまり、ノーマル以上にエンジンに空気を送り込む。その空気に見合ったガソリンを調整し、エンジンに送り込む。これが「ラムドーピング」の基本的な仕組みだとお考えください。
「ラムエアーシステム」が注目されはじめた当初、多くの方が「ラムエアーシステム」をサーキットや公道で使えるよう知恵を絞っていた時期がありました。しかし、当時の「ラムエアーシステム」はタンク内部が加圧されていなかったため、高速時にキャブレターにガソリンが落ちなくなってしまったり、STOP&GOを繰り返すとキャブレターのオーバーフローに悩まされたり、と混合気の制御は困難を極めました。この問題を克服できず「ラム圧は使えない」と烙印を押し、離れていった方が多かったと記憶しています。
しかし、私は「『ラムプロジェクト』はきっと実を結ぶ」と信じ、研究を続けました。そして、混合気を制御するためにタンク内部を加圧することに注目したのですが、これで完成まで一歩近づいたものの、まだ混合気の制御に成功したわけではありませんでした。高速道路などで車やオートバイの「スリップストリーム」に入ってしまうときやSTOP&GOが続くときには適切な混合気が作られず、加速が鈍ってしまう問題がまだ残っており、これを解決しないとサーキットでも公道でも使えたモノではありませんでした。なぜ、こんなことが起こってしまうのでしょうか。
障害物で走行風が邪魔されると、エンジンへの空気の流入量は当然減ってしまい、キャブレター内の圧は急激に下がってしまいます。しかし、タンク内部に送り込まれた圧は急には下がらず、一時的にキャブレターよりタンク内部の圧の方が高くなってしまうのです。そのため、ガソリンがキャブレターに大量に送り出され、濃い混合気が作られてしまい、エンジンで正常な燃焼が行われなくなってしまうのです。
私自身の力ではこの問題を克服できませんでした。現在、この問題を克服し、「ラムエアーシステム」が純正で採用されているオートバイがありますが、そういったメーカーは電子制御のコックバルブの採用や、インジェクションでガソリンを制御することで、問題を解決してきました。しかし、私はそんな高コストな部品を採用することもできず、悶々としたまま時が流れていきました…。
しかし、1997年に「ラムドーピング」開発に大きな弾みをつける運命的な出会いがありました。岐阜県の「ナグ・エスイーディ」の代表 永冶氏が開発した「ラムエアコントローラー」との出会いです。永冶氏は早くから「ラムエアーシステム」に注目されていて、数多くの部品を開発し「ラム圧」の可能性を切り開いたパイオニアです。私が直面していた問題は永冶氏も直面し、その問題を解決する画期的な仕組みを開発していたのです。永冶氏の「ラムエアコントローラー」の登場のお蔭で、キャブレターの空気通路、キャブレターのフロート室、タンク内部を常に同圧に調整することができ、混合気の制御が可能になりました。こうして「ラムドーピング」は一気に完成へと動き始めたのでした。