今なお高い人気を誇るヘルメットメーカー「BELL」。元々は四輪用のパーツメーカーとして生計を立てていた会社だったのだが、1954年にヘルメット部門を設立、後にBELL、BUCOと並び立つアメリカのヘルメットメーカー「McHAL」、そしてイギリスのメーカー「EVEROAK」を向こうに回してこの市場に参戦した。当初は四輪用ヘルメットの開発から始まり、次第に二輪用ヘルメットに着手することとなる。
その当時の「HELMET」の概念はあくまで “レース用保護部品”であり、街乗りを楽しむ一般のライダーが手に入れられるような代物ではなかった。また創世記のヘルメットのカラーが「白」しかないのは、カーレースに合わせてペイントされることが前提だったためである。
その二社とも、当時もっともポピュラーな「吊り天井」と呼ばれるヘルメットのライナー構造を採用していたのだが、BELLは新規参入メーカーとしての特色を出す狙いからか、画期的とも言われるポリウレタンライナー構造を使用したオリジナル製品「500」を開発。これが後に人気モデルとしての地位を確立する「500-TX」のプロトタイプとなる。
そうした流れを経て、「BELL HELMET」の歴史が紡がれていくこととなる。
モデル名の500はアメリカ最大のモーターレース「INDY 500」から、TXは「TOPTEX(ヘルメットのライナーを開発していた会社。後にBELL社が買収)」に由来する。画像は1962~1964年まで製造された製品で、ブランドデカールが銀色であることから「銀ベル」と呼ばれている。これ以前のものには水張りデカールのヘルメットも存在する。ボタンとDリングのダブルストラップ仕様。
「アメリカ初のバイク用ヘルメット」という歴史的意義はもちろんのこと、工業デザイン製品としても芸術的なフォルムを兼ね備えている「500-TX」。事実、1962年には「MOMA」ニューヨーク近代美術館にも展示された。画像は1968~1970年まで製造された最終モデル。ブランドデカールは白とされ、後頭部には「BELL 500-TX」のステッカーが付く。この構造が、後継モデルとなる「R-T」へと受け継がれていく。
BELL初のハーフヘルメットがこのアイテム。ストラップは 600pounds の強度に耐える設定とされ、さらに安全性と軽量を両立していることから、女性や子供にも支持された。画像は初期モデルのもので、ブランドデカールが銀色に、そしてボタンとDリングのダブルストラップ仕様となっているところが特徴。
1960年から製造されはじめた「SHORTY」の後期モデル。光を受けると反射する細かいフレーク塗装が施されている点が特徴だ。また後頭部に「BELL SHORTY」のステッカーが付いているなど、ヴィンテージヘルメット愛好家が心をくすぐられるポイントも魅力のひとつ。
製造個数がわずか1313個という「500-TX」のハイエンドモデル。シェルの大きさは「500-TX」よりも若干大きめで、発売当時の価格は「500-TX」の約1.5倍と、非常に高価なモデルだった。画像は「銀BELL」のダブルストラップ仕様とする「初期MAGNUM」。このモデルから始まるシルバーは、マグナムシリーズの象徴カラーとされる。
199X年(世紀末)生まれ
関西学院大学 経済学部卒
2006年4月1日(エイプリルフール)、JAZZドラム修行の最中、なぜかアメリカの片田舎にて大量のデッドストックヴィンテージヘルメットを発掘。これを日本に持ち帰り、SPEED ADDICT活動開始。開業当初はアンティークウォッチ、ヴィンテージウェア、関西インディーズCD、食器、インテリア、和骨董、雑貨を扱い、さらには音楽イベントの興行……etc。多岐に渡るカオティック過ぎる営業スタイル。現在は分社化が進み、アンティークウォッチ、ヴィンテージコスチュームジュエリーは姉妹店JeJeにて展開中。
好きなドラマーは「トニー・ウイリアムス(マイルス・デイビス第二期クインテット)」「ミッチ・ミッチェル(ジミ・ヘンドリックス エクスペリエンス)」。好きな映画は「博士の異常な愛情」「太陽を盗んだ男」。好きな漫画は「魔太郎がくる!!」「愛と誠」。好きな女性のタイプは、惣流・アスカ・ラングレー。座右の銘は「世界が終わっても 気にすんな 俺の店は開いている」。