大型のウインドシールドとサドルバッグを備え、一見ロードキングかと見間違うこの FLD スイッチバック。外観だけならツーリングファミリーのマシンといわれても自然に受け止めてしまうが、実はダイナファミリーのニューモデルである。事実、全長は2,360mmとツーリングファミリーのそれと比べると100mm近くも短い。その分、全体的にコンパクトに作られており、取り回しも良好。ツーリングで重宝するアイテムを標準装備しながら、走りは軽快で力強いダイナ。スイッチバックは、そんなコンセプトを持たされた1台だ。
そんな本車両の最大の特徴は、ウインドシールドとサドルバッグがワンタッチで脱着が可能なこと。ユーティリティの高いツアラースタイルと、スタイリッシュでスタンダードなハーレーの形を気軽にスイッチできる。その日の気分によって服を着替えるように、マシンのキャラクターを自由に変えることが可能だ。また、フロントフォークにはシングルカートリッジ式を採用。走りの面でもブラッシュアップが図られている。
大型のウインドシールドとサドルバッグを装備しているように、基本のスタイリングはツアラー。ステップもフットボードスタイルを採用するが、シフトペダルはシーソー式ではなく一般的なリターン式。そのあたりは、走りの良さがウリのダイナファミリーならではの選択だ。
搭載されるエンジンはシリーズ共通のTwin cam 96。1,584ccの排気量など主要諸元に変更はないが、最大トルクは116Nm / 3,500rpmとシリーズ他車にくらべ微減。もっとも、これは体感できるほどの数値の差ではないので、決してアンダーパワーなモデルということはない。エキゾーストシステムはシリーズ中、唯一の2in1タイプを採用。エキゾーストマウントサポートに合わせ、トランスミッションケースの形状が一部変更されている。
また、フロントフォークには注目すべき新しいトライがなされている。インナーチューブ径Φ41.3mmのフロントフォークには、新たにシングルカートリッジ式を採用。これは、右側のフロントフォークにはコンベンショナルなダンパーロッド式のダンパーを、左側のフロントフォークには高性能なカートリッジ式のダンパーを装備したもの。カートリッジ式のダンパーは、伸び側/圧側のダンパーオイル流路を独立して持つため、減衰特性をそれぞれ個別に設定することが可能。より細やかなサスセッティングが実現可能となる。
アイドリングでは“コトトン、コトトン”と、いかにもハーレーらしい気持ちの良い鼓動を味わわせてくれる。ビッグツイン持ち前の太くまろやからなトルク特性のおかげで、発進は実に容易。一切、気を遣う部分はない。ただ、1速でスロットルをオン/オフさせると、さすがにギクシャクしてしまうので、シフトアップは早めがおすすめだ。これだけトルクがあるのだから、出力の面では2速での発進も十分に可能。正直なところ1速の存在を疑問視してしまうのだが、この1速が渋滞路で思わぬ働きをみせてくれた。
停止状態ではないものの、歩くのに毛が生えた程度の速度で走っている状態。四輪のオートマ車であればクリープで進んでいるような速度では、1速のままアイドリングだけで進ませるとちょうど良いスピードになる。しかも、エンジンが気持ち良い鼓動を伝えてくれるので、そんなノロノロ走行が苦痛ではないのだ。ハーレーに乗るたびに感じることだが、スピードを出さずとも走ることを楽しませる演出は見事なものだと思う。渋滞でのノロノロ走行は極端な例だとしても、どんな速度域であっても、それなりの楽しさを味わわせてくれる。この点についてはハーレーにかなうものはないだろう。
ダイナに搭載される Twin cam 96 エンジンは、元々イヤな振動は少ないのだが、回転数を上げていくと3000回転付近で、やや振動が多めに発生する。だが、そこからさらに回転を上げていくと3500回転くらいから振動が収束し始め、4000回転を超えるころには振動がほとんど消えてしまう。高速クルージングは快適そのもの、パワー感も申し分ない。街中のストップ&ゴーでは、トルクフルでレスポンスの良いダイナらしいエンジン特性が活きる。ギアを3速あたりに固定したまま、スロットル操作だけでキビキビと走ることができる。ダイナのキレのある走りはスイッチバックでも健在だ。
ハンドリングはゆったりとした手応えがあるが、自然でニュートラル。誰が乗っても親しみやすいものだ。ルックスが重厚な分、重ったるい操作性を予想していたのだが、俊敏とはいえないまでも十分に軽快、変なクセもない。そのあたり、ツアラー的なスタイリングを持ってはいても、やはりこれはダイナなのだと感じる部分だ。
コーナリングも得意な部類に入る。フットボードの接地を心配していたのだが、交差点レベルではまず擦ることがないのも良い。とはいうものの、ワインディングを攻めるような走りをすれば、フットボードと路面が当たるのはやむを得ない。そもそもタイヤがハイグリップタイヤではないので、あまり無茶な走りはお薦めできない。そうしたいのなら、他の車種を選ぶべきだ。スイッチバックでコーナリングを楽しむのなら、半径の大きな高速コーナーを適度な速度で流すのがいい。シートにどっかりと座り、リヤに荷重を載せながらスロットルを開いていくと、マシンは一定のバンクを保ったままスムーズにコーナーをクリアする。これが実に気持ち良い。
乗り心地も良好で、特にフロントの落ち着きある動きが好感触。新たに採用されたシングルカートリッジ式のダンパーが効いているのだろう。反面、コンベンショナルなリアショックに硬さを感じてしまったが、これはプリロードの調整などセッティング変更を試してみたい部分だ。また、タンデムをしたり、サドルバッグに荷物を多量に積んだりした場合は印象が変わるはず。
ブレーキは前後ディスクブレーキを採用。強力というほどではないが、軽くはない車重を十分に受け止めてくれる。思い切りかければ、ロックさせることもできる。だが、それもタイヤのグリップレベルが関係してくる。スポーティに走るのが好きなのなら、タイヤの交換も視野に入れたいところだ。
さて、スイッチバック最大の特徴ともいえるデタッチャブルウインドシールドとデタッチャブルサドルバッグ。どちらも工具を使わずに取り外せることができ、作業時間も1分もあれば十分。取り付け機構は実にシンプルなのだが確実に装着できて、走行中にガタついたりすることもない。サドルバッグの容量はかなり大きく、タンデムで数日間のツーリングに出かけても追加のバッグは不要なレベル。ウインドシールドの防風性もなかなかで、ユーティリティはかなり高い。
気になったのはポジションの大きさ。特にハンドル、ステップ、シートの位置関係だ。スイッチバックのシートはセンターがえぐれてライダーを包み込むような形状になっている。そのため、ベストなポジションに着座すると、小柄なライダーの場合はシフトペダルとブレーキペダルが遠くなってしまうのだ。シートの前に座れば問題ないともいえるのだが、それでは本来の乗り味が薄れてしまう。女性ライダーにもお薦めしたい車種だけに、ハンドル1本分、つま先指1本分ライダーに近づいていれば……と思うと、実に惜しい。
ツーリングファミリーのマシンが欲しくても、その大きさに躊躇するライダーは少なくないだろう。その点、ツーリングファミリーのコンセプトを、車格が手頃なダイナで実現したのは良いアイデアだ。日本を走るのなら、最強のツーリングハーレーになりうる可能性を秘めている。だからこそ、ポジションをもう少し煮詰めれば“日本人と日本の国土にあったツアラー”が誕生するはず。そうしてこそ“小さなロードキング”ではなく、スイッチバック固有の価値が生み出せるのではないだろうか。