ハーレーダビッドソン創業からちょうど110年めとなる2013年、同社はこの節目の年に、“禁断”と形容しても差し支えない進化に向かって動き出した。ツインカムエンジンへの水冷機能の搭載――通称『Twin-Cooled engine』(ツインクールド エンジン)の開発である。これまでハーレーのエンジンの水冷化については噂レベルながら人々のあいだで囁かれてき、ニューモデルが発表されるたびに安堵と落胆が入り混じった空気に包まれてきたわけだが、今回のFLTHK TC リミテッドとFLHTCU TC ウルトラクラシックに採用されたこの新エンジンは、「ついに」と言うべきものだろう。そして今回、幸運にもVIRGIN HARLEY.com 編集部員がデビュー前にアメリカ・デンバーでこの最新モデルに試乗できる機会に恵まれたので、現地での長期インプレッションをもとに、このリミテッドと、本モデルを通じて見えた米ハーレーダビッドソン モーターカンパニー(以下 H-D社)の真意について綴らせていただこう。
ウルトラがこれほどまでに進化したことはかつてないのではないか、そう思わされるほど見どころが多い今回の発表なわけだが、改めてH-D社による発表とその真意について検証してみよう。まず今回の発表には、このような言葉が冠されていた――『PROJECT RUSHMORE』(プロジェクト ラッシュモア)と。そこに込められた意味については、「ツーリングモデルオーナーたちのライディング・エクスペリエンスを根本的に改善する壮大かつ顧客主体のプロジェクトだ」とある。曰く、今まで以上に多くのハーレーライダーに「ウルトラに楽しく乗ってもらう」ことを目的に、現在のオーナーの声を集約し、開発内容に具体的にフィードバックしていくスタンスを指し示している。実際、数年ほど前にはH-D社の関係者が極秘に日本を訪れ、いわゆる抜き打ちでハーレーオーナーにリサーチを実施している……という話を耳にしたが、この内容と無関係ではないだろう。FLTHK TCとFLHTCU TC を見れば、それが真実であることを伺わせてくれる。
吸気音の法的用件を満たしつつもパフォーマンスをも向上させるという最新ハイフローエアクリーナーボックスとハイカムの採用、ヤッコカウルの通称で親しまれるバットウイングフェアリングの大胆なデザイン変更、シャープになったフロントフェンダーの形状変更、座面が拡大したパッセンジャーシートのデザイン変更、最新ヘッドライトシステムの採用、ツアーパックおよびサドルバッグの構造変更、一定速度域で前後が連動して機能する最新ブレーキシステムの採用、さらにフレーム構造の改善や大幅に機能アップしたフロントフォークなど、枚挙にいとまがないほどのポイントが挙げられるが、何より多くの方々が気になるのは、水冷機能を備えたエンジン『ツインクールド』の採用だろう。
これまでの103ci ツインカムエンジンをベースに、モアパワーを実現するためにと水冷機能を追加。燃焼室の形状を変更して圧縮比を空冷式モデルの9.6対1から10対1へと高めることに成功。またこれによって発生した高圧縮化による熱は、シリンダーヘッドに設けられた冷却通路を追加することで抑制。ロワーフェアリング内にはそれぞれにラジエター機能が設置、冷却水はシリンダーヘッドへと流れ、もっとも熱いエキゾーストバルブシート周辺を中心に冷却。これにより、モアパワーを実現しながらも、かねてより課題とされてきたエンジンの放熱性を一気に向上させることに成功しているという。また低速走行時のエアフローを高めるため、左右ラジエターの広報にファンを装着。現時点では、「ロワーフェアリングを標準装備している今回の2モデルのみの採用となる。他モデルにツインクールドを用いるかどうかはまだ未定」(H-D社関係者)とのことだが、まさしく冒頭のキャッチ『PROJECT RUSHMORE』に込められた“多くのライダーが快適にハーレーライドを楽しめるために”という想いを見事に取り込んだ渾身のモデルと評していい。
噂レベルで存在した「ハーレーエンジンの水冷化」というものに対して、大衆の反応は決してポジティブなものではなかった。そこはH-D社も認めるところながら、一方で排ガス規制問題など時代の流れとも言える問題に対し、空冷エンジンの限界を突きつけられていたのもまた事実であろう。ハーレーダビッドソンの象徴とも言えるエンジンの鼓動を損なわずに問題を対処する方法を模索し続けてきた結果、生み出されたのがこのツインクールド ツインカムエンジンだと解釈する。その点で言えば、H-D社は見事にファンの期待を裏切ることなく、ハーレーダビッドソンとしての尊厳を保ちつつ正常進化させたと言えるかもしれない。同社にとっては、これこそが未来のウルトラへと続く節目の一台なのだろう。
と、まるでまとめのような内容になってきているが、インプレッションはここから。実際に乗ってみて、H-D社の目論見はどのように再現されているのか。この新型リミテッドで数百マイルという距離を走ってきた筆者の感想をもとに、ハーレーダビッドソン インストラクターとして活躍されている恩田浩彦さんのインプレッションなども交えてお届けする。
2013年8月末、H-D社の本拠地である米ウィスコンシン州ミルウォーキーにて開催されたハーレーダビッドソン 110周年アニバーサリーセレブレーションに先駆け、アメリカ合衆国の中心に位置するデンバーという街でメディア向けの最新モデル発表会が催された。招かれたのは北米エリアをはじめ、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、そして日本。総勢で50名近くに及んだこの催しでは、ウルトラをはじめとする最新モデルが各人に割り当てられ、一泊二日の行程でアメリカを走り、その体で最新モデルの進化を感じ取ってもらおうというもの。その総距離は約400マイル(600キロ以上)に及んだ。誰もが想像する果てしないカントリーロードはもちろん、「アメリカにもこんな道が?」と驚かされたワインディング、さらにフリーウェイなどさまざまなシチュエーションでもテストを経験。筆者が比較として用いたのは、数年前のウルトラでの東京~大阪間のロングランや昨年のアメリカツーリング時の経験となる。
顕著に感じたのは放熱性のアップ、そしてシート形状の変更にともなう足つき性の向上、そして軽快なライディングの3点。まず放熱性だが、103キュービックインチという数年前のCVOエンジンをベースとしながらも、昨年まではロングランを実施した際、エンジンが放つ高い熱がライダーの体(特に足まわり)を苦しめるということが長患いとして残り続けていた。しかし、今回のアメリカでのランにおいては、エンジンの熱で苦しめられるということは皆無だった。「ほぼ皆無」ではなく「皆無」だったのである。確かに走り終えてエンジンに手をかざせば、当然のことながら高熱を発しているのだが、過去のモデルで経験した熱さに比べれば意に介するほどでもないレベル。インジェクションのセッティングでは?とも思いH-D社の開発関係者に聞いたところ、今回同社が用意したのはアメリカを中心に販売する「北米仕様モデル」と、国境を越えて世界中に届けられる「インターナショナルモデル」の2タイプで、筆者が乗っていたのは後者だと言う。日本導入仕様については、世界でもっともハードルが高いと言われる日本の基準に再度合わせる必要があるだろうが、同じく厳しい検査を要するヨーロッパにも送り込まれることを考えると、多少の違いこそあれどベースはほとんど変わらないと考えていい。とすると……以前に比べ、放熱性はかなり大幅にアップしたと言えるだろう。続いてシート形状の変更だが、これはまたがった瞬間に「ん?」と思わされた。日常的にウルトラに乗る機会があるわけではないが、またがって車体を起こした瞬間、足が気持ち良くストンと真下に降ろせたのだ。ほとんどのハーレーダビッドソン モデルに共通する点として、シートの分厚さが良く挙げられる。大柄なアメリカ人を基準に設計されているため、股間部の厚みから身長174センチの筆者でもがに股のような姿勢を強いられることが多く、これまでのウルトラも例外ではなかった。が、以前と比べても足が降ろしやすくなっている。シートの仕様変更については「パッセンジャー部分の座面を広くした」という発表だけだが、ライダーシート部分もいくばくかシャープになっているよう。現オーナーにはぜひ体験してみていただきたい。
そして、もっとも驚きを覚えたのが走行時の軽快なハンドリングおよびライディングフィールだ。とにかく軽やかなのである。ウルトラと言えばやはり「重い」わけで、コントロールを要する場面では普段乗るバイクと違ったテクニックを求められるのだが、ワインディングやシティライドなどさまざまなシチュエーションにおいては、以前とは明らかに違う軽快さで走り抜けられる。この点について、実際に新型リミテッドに乗られたというハーレーダビッドソン モデルを中心とするライディングインストラクターの恩田浩彦氏に意見を伺った。すると開口一番、「これまでのウルトラが有していたアンタッチャブルな要素がすべて取り除かれた、誰もが気持ち良く乗れるモデルへと進化している」と、注目すべきポイントとして「シートポジションの改善」「ブレーキシステムの向上」「フレーム構造の改善」の3点を挙げ、語ってくれた。
まずシートポジションの変更については、足つき性が良くなったと筆者と同意見……ながら、プラスアルファとして「フットブレーキのポジションが格段に良くなっている」と続けた。「たとえばクルマを運転するときは、床に踵を付けた状態でブレーキを踏むでしょう。いわゆるテコの原理を使ったポジションで、もっともバランス良く足の力を使ってブレーキングさせてやれる構造なんです。今回のウルトラは、ここ最近のモデルと違ってそれが可能になっていた。これは大きな変化だと言えます」と言う。恩田氏は身長165センチと、アメリカ人と比べたら子どものようなサイズである。その彼が感じたポジションの改善は、日本人にとっても嬉しいポイントだと言える。
さらにブレーキングシステムについては、H-D社からの発表にあるとおり「リフレックスリンクドブレーキ with ABS」と名付けられた驚くべき最新機能が投入されている。時速32~40キロの速度内であれば、ハンドブレーキを握ればフロントブレーキが、フットブレーキを踏み込めばリアブレーキが通常どおり作動する。ところが41キロ以上の速度域でハンドブレーキまたはフットブレーキのみを使用すると、片方のみならずフロントとリア、両方のブレーキが連動して好バランスの動作制御を行ってくれるのだと言う。これまでだと、かなりの高速域で急激にフロントブレーキをかければロックしたり、リアをかければリアタイヤが滑るなどの危険性の高い現象が発生、ABS機能を用いて対処するに留まっていた。しかしこの新機能搭載により、「前後のブレーキを同時に効かせられることで、あらゆる状態でもオートバイを安定させることができるようになった。つまり、安全性が向上したということなんです」(恩田氏)というわけだ。
そしてこの2点に加え、「ここを言わずして、今回の新型ウルトラを語ることはできない」と恩田氏が強調するのが、フレーム構造の改善を含めたフロントまわりの剛性アップである。まずフレームの構造変更についてだが、H-D社の発表にもあるとおり、主にステアリングヘッドとフォークの取り付け位置などを軸に大幅な変更がなされた。さらにこれまでワンピース型だったステアリングシステムがツーピース仕様に変更。フロントフォークも径を41.3ミリから49ミリへと大幅にサイズアップと、これらの内容を見るだけで劇的な剛性アップが果たされたことが理解できる。「これは、17インチ フロントタイヤの性能を引き出してやることが目的だと思います。つまり、小柄な人間でも自在に操れるバイクになったというわけなんです」と恩田氏は力説する。筆者が軽快に感じたハンドリングの真実は、ここにあったようだ。また、今年よりタイヤがミシュラン社からダンロップ社へと戻ったことも付け加えなければなるまい。エンジンのパワーアップについては、体感という点だけで言えばアメリカと日本での差は感じ取りづらかった。当然ながらインジェクションの設定は日本仕様の味付けとなっているだろうから、気になる現行ウルトラオーナーは比較での試乗をぜひ。
現在、世界でハーレーダビッドソンの販売台数を著しく伸ばしているのはラテンアメリカで、次なる大きなマーケットとしてH-D社が見据えるのがアジア(主にインド、中国)である(2013年11月現在)。これらの地域の人々は、差はあれど誰もが大柄な体型の持ち主というわけではない。また道路状況の整備についても各国でかなり差がある。そうしたさまざまな状況に適応していくため、H-D社がこのような開発への着手に踏み込んだことは想像に難くない。ただ、今回のこのブラッシュアップは、ハーレーダビッドソンのモデルが「大柄なアメリカ人でないと乗りこなせないバイク」から、「小柄な人でも扱いやすいバイク」へと変わっていくための第一歩とも言えるもので、私たち日本人にとっては一層ウルトラというモデルが身近になったことを意味する。ウルトラで軽快に駆け抜ける――一度ハーレーダビッドソン ジャパン主催のデモライドキャラバンや正規ディーラー主催の試乗会イベントで、その乗り味を体感してみてほしい。
ウルトラを所有する……というのはカンタンなことではない。その販売価格もさることながら、都心部に居を構える方にとってはその置き場所(駐車スペース)も検討せねばならない。そこに加え、「ウルトラは重くて扱いづらい」、「渋滞が多い都内で乗るのはひと苦労」、「とても所有し続けられない」という声も耳にした。だが、今回の新型ウルトラは後者の問題を高いレベルでクリアさせることに成功した、画期的なニューモデルとも言える。高い放熱性が渋滞時のエンジン熱からライダーを守ってくれ、軽快なハンドリングは細々した都心部でもクイックなライディングをするのに助力してくれる。経済的な事情はさておき、かねてよりウルトラに憧れていつつも“憧れのままにしていた”人にこそ、フレッシュな気分での試乗をオススメしたい。特に、ここ数年のウルトラを所有していたオーナーや、過去に試乗を経験した方が乗れば、その印象は大きく変わることだろう。このウルトラは、ハーレーダビッドソンの“これからの歴史”の第一歩とも言えるモデルと言えるからだ。