2012年2月、XL1200V セブンティーツーと揃って中間期モデルとしてラインナップ入りしたソフテイルのニューフェイス、FLS ソフテイルスリム。大きなヘッドライト&ナセルカバーに油圧式テレスコピックフロントフォークなどから、あたかもFLSTF ファットボーイの兄弟モデルのように見られ、同じダークスタイルであるFLSTFB ファットボーイ ローと似すぎている感すらある。しかしじっくりと見比べてみると、ファットボーイ系とはまったく異なる構造のオールドスクールモデルであることに気づかされる。決して高い人気を誇っているわけではないが、実はハーレーダビッドソンの伝統をしっかりと継承する希有なこのスリム。知られざる同モデルの魅力を掘り下げていってみよう。
このソフテイルスリムがハーレーダビッドソンジャパン(以下 HDJ)から発表された当時、その広報画像を見て「ファットボーイそのままじゃないか」という印象を抱いた覚えがある。前後に備えられたファットタイヤに油圧式テレスコピックフロントフォーク、大きなヘッドライトとナセルカバーという特徴的な部位を備えたFLスタイルは、見慣れたファットボーイを即座に連想させた。違いを見出すと、その名のとおりスリムになったシートからリアフェンダーにかけてのラインに前後のスポークホイール、そしてトレールバイクを彷彿させる“ハリウッドハンドルバー”と名づけられたクロスバーか。ホイールやナセルカバー、フェンダーストラットなどあらゆる細部がブラックアウトされており、すでにラインナップ入りしているFLSTFB ファットボーイ ローと大差ないように見えた。
カンパニーの発表曰く、「1950年代のハーレーダビッドソンの象徴的なクラシックカスタムボバースタイル」がスリム最大の特徴であるという。なるほど、確かにファットボーイらと見比べてみると、大柄なイメージのFLながら細部の無駄が削ぎ落とされていることに気づく。コンパクトかつ流麗なソロシートにショート化された前後フェンダーと、ファットボーイをボバーカスタムする際の手入れがすでに完了しているというイメージだ。加えて、スポークホイールが異なる趣きを演出している。ダーク&ボバーという今流行りのカスタムスタイルを目指すことを想定したベース車両として開発されたのは間違いない。
エンジンはソフテイル共通の排気量1,584cc / 空冷4ストロークV型2気筒OHV2バルブ『ツインカム96B』。無駄が削ぎ落とされているだけあり、車重は318kgと、330kgのファットボーイ ローより12kgも軽い。フロントブレーキはシングルディスク仕様で、ここもFLの伝統に則ったものとされる。制動力に関しては、標準装備となったABS(アンチロック・ブレーキ・システム)がしっかりサポートしてくれるだろう。
軽量化に関してもう一点忘れてはならないのが、前後に備わるスポークホイールだ。否応なくファットボーイとの比較になってしまうが、他のどれよりも重量があるディッシュホイール(お皿のような形状からそう呼ばれる)に対し、スポークホイールは見た目から分かるほど軽い。また、ファットボーイシリーズは前後17インチだが、スリムのスポークホイールは前後16インチとなっている。この規格はリリースにもあるとおり、1950年代のFLスタイルに不可欠な設定で、XL1200X フォーティーエイトやFXDF ファットボブと同じサイズでもある。その重量で路面追従性を高めるファットボーイ系に対し、伝統の軽量ホイールを備えるスリム。スタイルのみならず、走行性能という点でも大きな違いを生み出すポイントと言えよう。
これまでのソフテイルにはない軽快感──。ソフテイルスリムのインプレッションを手短に表現しろと言われたら、これに尽きるだろう。現ソフテイル ラインナップ中でもっとも軽いモデルであることは確かなのだが、心地よい軽やかなライドフィールは軽量化だけではない。オートバイとしてバツグンにバランスが取れたディメンションになっていると、試乗してすぐに気づかされた。
ポイントとして挙げると、「無駄のない軽量化ボディ」、「クロス型ハンドルバー」、そして「前後16インチのスポークホイール」の3点だ。そもそも論になるが、ソフテイルの土台はリジッド型のソフテイルフレーム(フレーム下部に特殊なサスペンションが仕込まれたオリジナルフレーム)で、リジッドが描くトライアングルの美しさを後世に伝えるべくカンパニーが開発した現代版リジッドである。これが1940~1950年代となると、ことリアに関して“サスペンションを備える”という発想そのものがなかったので、エンジンを積みつつリアタイヤをホールドすることを目的に、こういう構造にならざるを得なかった、という背景がある。カンパニーがわざわざこのシルエットを再現したのは、前述したとおり“リジッドが描くトライアングルの美しさ”と“伝統の継承”が大きな目的で、ライディングパフォーマンスという点の優先順位は決して高くない。
しかし一方で、進化する現代の道路事情に合わせた快適な乗り心地も無視はできない。伝統と進化という相反する課題を抱えたソフテイルファミリーにおいて、これまでさまざまなモデルが手がけられてきた。徹底的にスタイルを重視したソフテイルモデルとしては、FXSB ブレイクアウトが挙げられよう。そして伝統を重んじつつも快適なライディングを堪能することができるFLSTN ソフテイルデラックスというモデルも存在する。そこに善し悪しは存在せず、オーナーの好みやライフスタイルを想定したカンパニー渾身のラインナップとして君臨しているのである。
このスリム、開発における考え方はソフテイルデラックスがもっとも近い。両者の共通点は、前後16インチのスポークホイールである。車重やホイールの重量で路面追従性を高めるファットボーイ系とは異なり、小回りがきく16インチ径の軽量スポークホイールを備えることにより、大柄な車体からは想像できないほどの取り回しやすさを実現している。さらにリアのタイヤ幅も150mmと、スポーツスター、そしてソフテイルデラックスとも同じサイズとなっている。リアタイヤの幅が細くなれば、当然コーナリング時にしっかりと車体を寝かせ込むことができる。200mm以上となっている他のソフテイルモデルと旋回性に差が出るのも当然のことと言えよう。リアタイヤを極太にするカスタムは確かに高い人気を誇るが、そこで犠牲にしているものがあるということを、スリムやデラックスは好例となって教えてくれている。これらとファットボーイ系とを乗り比べる機会があれば、その違いをはっきりと味わうことができるだろう。
クロス型ハンドルバーである“ハリウッドハンドルバー”の恩恵も大きい。まるでオフロードバイクのような幅広のバーは、軽やかな足まわりを操るのにちょうどいいサイズ感である。ハンドル位置も高くないので、オートバイとしてバランスの良いスリムのディメンションを締めくくっている部位と言えるだろう。
直進安定性を探ってみるべく、街中から高速道路へと入り、ハイウェイライドを行なった。ファットボーイやファットボブといった重量感あるディッシュホイールを履いたモデルは、路面をしっかりと踏み締める安定感を体感させてくれたが、はたしてスリムはどれほどか。ギアを6速まであげて高速域に入ってみると……特に違和感はない、実に安定した走行性能を発揮してくれた。確かにディッシュホイールのようなズシン!という重量感はないが、それで車体が落ち着かないなんてことはまったくない。そもそも、ソフテイルモデルの構造上、沈み込んだシートでライダーの体をしっかりと受け止めてくれているので、その重心の低さからフワフワするような感覚が起こりようがないのだ。
フラットに見れば、排気量1,584ccのエンジンを積んだ300kg超えのオートバイというのは間違いなく重量級である。しかしその重さを感じさせない足まわりとハンドリングを備えるソフテイルスリムは、ビッグツインの世界に新しい価値観をもたらしていると言える。
ダークスタイルをまとった伝統のFLスタイル──。このスリムをベースとするならば、目指すべきはボバースタイルをおいて他にあるまい。ツートーンカラーも備わっているとはいえ、車体そのものがダークであるからあまり派手なカラーリングにはなっておらず、まるで「あなたの好みのグラフィックにしてね」とでも訴えかけてくるかのようだ。オートバイとしての構造は申し分ないだけに、思いっきり外装を換えて好みの一台に仕上げることこそ大きな楽しみと言えよう。ハーレーらしさを残しつつも自分色に染まり、なおかつオートバイとして乗り回す楽しさも持ち合わせて欲しい……。ソフテイルスリムが待つのは、そんな欲張りなオーナーなのかもしれない。