今回ご紹介するのは東京都練馬区の「K&H」開発主任の上山 力さんだ。長時間乗っても疲れない、「K&H」のシートのそんな評判を耳にする機会は多いだろう。なぜ「K&H」のシートがそれほど評価が高いのか、その秘密を探るとともに、そもそもシートが持つ役割とは何なのか、シートは何を基準に選べばいいのか、についてお聞きしてきた。
上山●学生の頃、ガソリンタンクの造り方を教えて欲しくて、K&Hに遊びに行ったのがきっかけです。欲しいと思う形のタンクがどのお店にもなくって。あつかましい話ですが「どうやって作るのか教えてくれ」とK&Hに押しかけ、代表の中山と何度も会う内に妙に気が合ったんです。そんなことがきっかけでK&Hに通うようになり「暇なら手伝え!」ってアルバイトするようになったんです。就職のときは最初は別の仕事に就いていたのですが、モノ造りが自分の性に合っていたんでしょうね。結局好きなことを仕事にしたくて、K&Hに戻ってきました。「給料要らないから使ってくれ」ってね。それからもう10年ほどK&Hに勤めています。
上山●「快適」はウチのシートの一面でしかないですよ。「オートバイに楽しく乗ることができるシート」それがK&Hの造るすべてのシートのコンセプトです。「楽しく乗る」ために造る中で「長距離を走っても疲れにくい自然な乗車姿勢」「ステップやハンドル周りの操作をし易く」「車体を支えるための自然な足の着き方」などの工夫を凝らしているのですが、「快適」が一番わかりやすいのでそういうイメージがついているのでしょう。
上山●スタッフ全員がオートバイに乗りますし、実際に走らせながら造ったシートというのが大きいかもしれません。シートを製作する車両はすべて、ノーマルの状態で長い時間乗ってみて、どういう動きをする車両なのか、乗車位置をどこにすれば操作がし易いか、ユーザーと同じ立場に立ってシートを製作します。だから、そういう評価を得ることができたのでしょう。ただ「快適」というイメージだけが先行して「絶対にお尻が痛くならないんですよね?」と問い合わせをいただくこともあります。それは違いますから(笑)。
上山●同じ姿勢で長時間乗っていれば大なり小なりお尻は痛くなります。具体的に説明すると、オートバイに跨がっているときを思い出してみてください。オートバイのパーツで体重を支えている部分は大きく分けて3つあります。ハンドル、シート、ステップです。その中でも一番体重を支えているのがシートなのですが、この3つのバランスを取ることで、快適に楽しくライディングをすることができます。K&Hはシートの部分で快適に楽しく乗れる提案をしているんです。ポジションに自由のきくシートの形状やスポンジの製法、材質、硬度等でどれだけお尻が痛くなりづらくなるか、そのノウハウは持っています。
上山●シートだけではなく、ハンドルとステップの位置も重要です。ハンドルが高すぎたり、遠すぎたり、手前過ぎたりすれば上体が不自然になり、腰痛や、肩や首の凝りにつながります。ステップの位置も同様に自然な位置でないと疲れてしまいます。これからポジションを変えようと考えている方は、まずシートで乗車位置を決めてからハンドルなどを変更したほうが良いでしょう。シートに比べハンドル交換の方が費用と手間が少ないからと、ハンドルから替えてしまうと、シートを変えた後につじつまが合わなくなることが多いので注意していただきたいですね。
「ハンドルが遠いから」と手前に来るようにし、その後「もう少しステップに近い位置に座りたい」とシートを替えると今度はハンドルが近すぎる、そんな話をよく聞きます。ハンドルを手前にすると、実はハンドルを切ったときには遠くなったり、近くなり過ぎたりするんですよ。お尻が痛くなりにくいようにするためには、ステップ、ハンドル、シートこの3つのバランスが大事です。その中でまずは「操作する自分がどこに座るのか」がとても重要なんです。そして、自然に手足を伸ばしたところにハンドルやステップがあるのが、長く楽しくオートバイに乗る秘訣だと思います。
上山●「腰が痛い」や「お尻が痛い」と相談されるお客さんは多いですね。いろいろな車種に乗ってテスト走行をしているので、車種や体型や装着しているパーツを聞けばどういう状況なのかは大体わかります。シートだけでお尻の問題を解決できればいいのですが、手足の位置から相談に乗らないと解決できないお客さんもいます。かなりカスタムしてしまっている車両のオーナーだと、お尻が痛い原因が「このパーツだろう」と薄々気付いていても、高いお金を出してしまっているので、どうにか自分を納得させて乗っている、そんな方がたくさんいます。
なんとかしようと、パーツを付け足していって、気付いたときにはすごく乗り難いオートバイになっている、なんて話もあります。最初にそのオートバイのどこが好きだったか思い出して、時には元に戻してみるのもいいと思うのですが、付けるより外す方が勇気がいるみたいで。カスタムばかりではなく、乗る事や出掛けた先での楽しみを持っている人の方がオートバイを楽しんでいるような気がしますね。乗りづらい乗り物は、やっぱりだんだん乗るのが億劫になってしまいますから。
上山●カスタムが楽しいのはもちろんわかりますよ。私も楽しんでいますし。「見た目がカッコいい、乗りづらいハーレー」じゃなくて「乗りやすくて楽しい、カッコいいハーレー」になればいいかなと。昔、カスタムをしすぎて自分のオートバイを嫌いになりかけたことがありました。ちゃんと道筋を考えてカスタムをすればよかったのですが、スタイルにこだわりすぎて闇雲にパーツをつけてしまい、楽しく乗ることができないオートバイにしてしまったんです。結局、手放してしまいました。今でもたまに同じ車種に乗ることがあるのですが、楽しいんですよ。「つまらなくしてしまったのは自分のせいだったんだな」というのに気が付きましたね。
上山●その経験は大きいですね。でも、シートの本質を考えて造っていくと「乗って楽しい」に辿りつくんだと思いますよ。本来、シートは機能パーツなんです。座るためのシートで、操作するための形状なんです。デザインから造られるものではありません。機能を押さえた上でスタイルを造っていくべきなんじゃないかと。機能とデザイン、相反するように聞こえる、この二つを両立しようとしているのですから大変です。ただ、デザインには個人によって好みがありますし、人によって体型や使い方も違います。それらに対応するためラインナップが増えていくのですが、増やしすぎて型の置き場所に困っていますよ(笑)。
上山●うちがハーレーのシートを造りはじめたときは、業界からは異端児のように見られていたでしょうね。でも「乗って楽しいモノを」という信念を持ち、自分で乗りながらシートを造り続けてきたおかげで、最近やっと支持され始めたという感触はあります。ウチは「インジェクション製法」という、型枠の中にスポンジを流し込み、発泡させる製法でシートを造っているのですが、自分たちが納得できる発泡方法、型枠の作り方にたどり着くまで2年以上もかかりました。そんなノウハウはどこにもなく、全くの手探りだったんです。
どうしようもないくらいに行き詰って、夜中に工場で「だめだ~」なんて頭を抱えたことは数え切れませんでしたね。そりゃもう悲惨でしたよ。お金は入ってこないし、材料ばっかり無くなっていくんですから。いざ、シートを造りはじめてからもテスト走行の繰り返しです。100キロや200キロの走行ではないですよ。お尻が痛くなるまで走って、どこが痛くなるのか、何故痛くなるのか、それを突き詰めて修正していくんです。
型を最初から造り直したことだって何度もあります。朝早くに出発して、日を跨ぐこともざらにあります。下道だと500キロ、高速で1000キロくらいを一日で走っています。そうやって造ってきた一つ一つのシートですから、思い入れは半端ではないですね。思い入れがあるからしっかりした物を造りたい。今認められつつあるK&Hのシートの品質はそういう気持ちから来ているんです。
上山●ウチのシートは確かに相場より高いかもしれません。開発からしっかりと時間を掛け、しっかりとした材料を使って、しっかりと丁寧なモノ造りをしています。あくまでも相場より高いというだけで、価格以上のものを造っている自信がありますよ。逆にウチのシートは安いとさえ思っています。シートをばらしてみれば分かるはずです。乗っている人間が造っているのは、実際に乗ってもらえばわかってもらえると思います。シートベースの形から座面の形状、スポンジの硬さ、縫い目の入れ方まで全部に意味があるんです。その意味が使い手に伝われば、製作者としてこんな嬉しいことはないですよ。ウチはカスタムするためだけのシートを造っているんではなく、乗って楽しむためのシートを造っているんです。
上山●「楽しくオートバイに乗る人」が増えて欲しい、そこに尽きます。楽しく乗る人が増えれば、業界全体がもっと良くなる。オートバイ楽しそうに乗っていれば、他に乗りたい人も増えてくるはず。そのためにK&Hはこういうシートを提案し続けているんです。オートバイに乗ることの本質は「乗って楽しい」ですよね。でも、そこまで辿り着けず、オートバイのパーツをアレコレと着せ替えて「もういいや、疲れた」となってしまう。のんびり乗るつもりが急いでカスタムをして、本当の楽しさに気付かないままハーレーを降りてしまう。
残念ですが、そういう人は現実にいます。眺めるためのカスタムや、周りに見せびらかすためのカスタムが主流になると、それは流行で終わってしまいます。国産オートバイでそういうブームを何度も見てきました。そういう流れに嫌気がさした人が、きっと今ハーレーを楽しんでいるのでしょう。ですから、我々メーカーやショップの側から「ハーレーに乗って楽しむ」提案をしていかないと乗り手に見放されてしまうのではないでしょうか。
上山●いつまでもハーレーが楽しめる、そういう環境を業界全体で用意できたら、きっとそれは「流行」ではなく「文化」になると思います。そのために、長く楽しめるいいシートを造り続けますよ。
過去に30人以上の人にインタビューをしてきたが、今回が今までで一番長いインタビューだった。インタビューをする前も、K&Hに遊びに行き、夜遅くまでじっくり話し込むことが何度もあった。上山さんの話には個人的に「ハッ」とさせられる部分も多く、今の自分のカスタムの方向が変わるきっかけになった。「乗って楽しい」。オートバイの本質は確かにそうなのだろう。どんなハーレーだったら自分は楽しめるのか、そんなことを考え出して、前よりもっとハーレーに乗るのが楽しくなっている自分がいる。シートを換えるだけでオートバイを乗り換えたような感動がある、それを教えてくれた上山さんには感謝している。(ターミー)