ピンストライプ。
名前くらいは聞いたことがある人は多いのでは? 近頃はカスタムショーに出展されるハーレーだけでなく、一般のハーレー乗りも愛車にピンストを入れる人が増えてきた。ヘルメットや革製品にだってピンストを入れることは可能だとか。愛車のすべてパーツへ気軽に入れることができるピンストライプ。ハーレーカスタムの手法として定着しつつあるピンストライプとは、どのようなモノなのか。名の知られたカスタムショップのマシンのピンストライプを数多く手がける「POTS DESIGN」の鍋谷さんにお話を伺ってきた。
鍋谷●バイクや車、ヘルメットなどに、筆でいろいろなデザインのラインを入れるのがピンストです。ラインはシンメトリー(左右対称)に描かれるのが一般的ですね。描かれるラインの細さや本数、Rの描き方などで表現を行います。他にも、これは厳密に言うとピンストではないのですが、ラインに加えてレタリング(文字)や写真などをベースにしたイラストを描くこともあります。僕はピンストを始めてまだ6年ほどですが、80年代の終わり頃にはHOTRODカルチャーと一緒に日本に入ってきたようですね。もう20年以上の経験があるピンストライパーもいらっしゃいますから。
鍋谷●そうですね、今のカタチになったのはアメリカでしょう。車やバイクに描く今のピンストを確立したのはヴォン・ダッチという人だと言われていますが、古くから馬車などの乗り物に筆で模様を描くことは行われていたそうです。そこまで遡ればピンストの源流は昔のヨーロッパに遡るのかもしれません。
鍋谷●もともと欧州車のカーディーラーで整備士をやっていたんですが、「絵を描いて生計を立てられないか」と考えはじめて。最初はピンストではなく、紙に描くイラストの世界に進めないか、と模索していたんです。でも、たまたま整備専門学校時代の仲間が「こんなのもあるよ」と、僕にピンストを紹介してくれたんです。ピンストなら車やバイクだけではなく、極端な話、家電製品から家のドアなど何にでも描けるんですよ。それが面白くて独学でピンストを学びはじめることにしました。
鍋谷●両親は、僕がいずれ絵に関わる仕事をすると思っていたみたいですね。小さい頃から絵くらいでしか、人に褒められませんでしたから(笑)。ただ、若い頃は楽しいことが周りにたくさんあったので、本気で絵の勉強をしたことはありませんでしたけれど。
鍋谷●行くところを間違えたんですよ(笑)。ホントは車のデザインに興味があったんです。それだったら芸大に進んでインダストリアルデザインの勉強をすればいいんですが、整備学校でもそんなことができるだろう、と思い込んでしまって。入学してその間違いに気づきましたが「まぁいいか」と(笑)。結果的にですが、僕にピンストを教えてくれた仲間が同級生にいましたから、よかったんじゃないでしょうか。
鍋谷●スタートキットやDVDはあるみたいですけれど、ピンストが学べる学校なんて今もないでしょうね。言葉で教われるモノじゃないんですよ。どんな道具を揃えればいいのか、お手本に適した本を教えてもらって、後は手近なモノでひたすら練習でした。
鍋谷●そうです。写真を見ながら、そのピンストはどんな風に描かれたのかを想像し、ひたすら真似てみるんです。何本も何本も線を引いていくと、力の入れ具合や筆の運び方など自己流のやり方が掴めてくる。その感覚を掴むまで、とにかく線を引くことしかありません。学びはじめた頃に何かの雑誌で「何年やるかより、何本引くか。それが大事」とピンストライパーの方が話しているのを見て、とにかく毎日線を引こうと。ピンストが少しでも載っている洋書があれば買ってきて、家中のモノにピンスト描いては母親に怒られましたよ。「こんなモノにもアンタは絵を描くのか!」ってね(笑)。毎日毎日ひたすらピンストを描きつづけ、何とか見れるようになるまで2年くらいはかかりました。
鍋谷●ありませんでした。「ピンストって何?」という人がほとんどでしたから。でも「これで食っていく」と自分で決めた道でしたし、結婚していたので家族を養っていかないといけませんでしたから、必死でしたよ。ガソリンスタンドでアルバイトをしながら食いつなぎ、車やバイクのショップに飛び込みで営業をする日々。おかげで、少しずつでしたが仕事をいただくようになりました。
鍋谷●僕もはじめは「ピンストは車に描くモノ」と思っていました。でも神戸周辺だと車よりバイク、中でもハーレーからの引き合いが多かったんです。
鍋谷●他とは違う個性を出したいと思う方が多いんじゃないでしょうか。ピンストのことはよくわかっていなくても「線を描くだけで、こんなに変わるんやな」と喜んでもらっていましたから。それからはハーレーのミーティングにブースを出展し、ハーレー乗りの方にピンストを知ってもらえるように動きはじめました。
鍋谷●真夏なんかだと、1日あれば表面は乾きますよ。ただ、乾くまでに触っちゃうとラインが欠けてしまうこともあるんです。「触らないでね」と言っているのについ触ってみたくなるらしく、「直してください」と戻ってきた人はたくさんいましたけれど(笑)。
鍋谷●最近ではピンストがどんなモノなのかわかっている人も多いですが、最初はそうでもなかったですね。ミーティングのイベントにプレゼントを提供したら、司会の人に「落書き屋さんからプレゼントをいただきました~」って言われて。「落書き屋? ああ、僕のことか」って笑っちゃいましたよ。
鍋谷●よく使われる、毛足の長いMACブラシにはリスの毛が使われています。他にもイタチの毛など小動物の毛が多いですね。描くラインによって複数の筆を使い分けています。
鍋谷●作業をする日の気温や湿度でネタ(塗料)を薄めることはあります。作業するときに筆先を触ったり、筆にネタをつけたときの感覚でわかるんですよ。この感覚も数をこなさないとわからないものなんです。
鍋谷●ピンストライパーによって得意なモノは違うでしょうね。僕はバイクにピンストを入れる機会が多いので、ヘルメットみたいなRのあるモノにピンストを入れるのも得意です。逆にシャッターみたいな凸凹したモノは慣れていないので苦労しますね。
鍋谷●複雑なモノだと、あらかじめ素材をいただいて下絵を描くようにします。人やペットの絵をオーダーされることもあるんですが、生き物は難しいんですよね。目の太さが0.1mm変わるだけで印象がガラリと変わってしまいますから。
鍋谷●インクが乾く前ならシンナーで簡単に消せるんです。パッと見てオーナーさんは違和感がないラインでも、僕が見て気持ち悪いラインっていうのがあって、そんなときは描いたモノを消してやり直してしまいます。
鍋谷●何万本も毎日ラインを引いていたら、見ていて気持ち悪いラインが見えてくるものなんです。気持ち悪いと感じるものはどこか必ずデザイン上おかしい部分があるんです。シンメトリーなピンストライプって、ある意味で究極の絵なんですね。ラインの組み合わせ方や並び方など「少ない本数の線でいかにバランスを取るか」が命です。シンプルな表現手法なので、たった1本でも変なラインがあるとすべてが台無しになってしまうモノなんですよ。
鍋谷●頭も疲れますが、眼と肩にもきますね。ピンストはかなり集中力が必要な作業なので、ダラダラと長時間作業を続けることは難しいですね。小まめに休憩を取りながら、集中力が途切れないように作業するようにしています。集中力が続かないと、いいラインが引けませんから。
鍋谷●こだわって製作されたカスタム車両だと「ここをこうして、こんなデザインで」と完成形をイメージしたオーダーをされることもあります。逆に「任せるから、カッコいいのをよろしく」というオーダーもあります。どちらの作業でも違った楽しみ方がありますね。完成度の高い車両にピンストを入れるときは、どういうテーマで車両を製作したのか製作者の熱意や意図をできるだけ汲み取って作業をするように心がけています。ピンストはカスタムバイクの製作工程の一番最後に行うのが普通ですから「ピンストを描き上げて完成」ということが多いんです。そういうときはプレッシャーが結構あるんですよ。
鍋谷●今住む兵庫県から出ようと思ったことはないですね。ココでピンストを広めたいんです。せっかく少しずつピンストが認められ始めたのに、ココをベースにするピンストライパーがいなくなってしまえば、アツくなりかけているシーンが冷めてしまいます。「NEW ORDER CHOPPER SHOW」のようなカスタムイベントも地元でスタートしましたし、ピンストライプという手法で僕もカスタムシーンを盛り上げる一端にいたい、そう考えています。
鍋谷●ピンストを描くモノを、いかようにでもカッコよくできることでしょうか。車両の雰囲気をガラリと変えてしまうピンストもあれば、ベースの色を生かすピンストもあります。ただ、白いキャンバスに自由に描くことができる絵とは違い、ピンストの場合キャンバスにはすでに他の色が入っています。レタリングやイラストを描くのに「一番オイシイところ」にメーカーロゴが入っていることもありますから。表現する場所に制限があることも多いので、描くのが難しいことも珍しくありません。でも、その上でどんなモノを表現できるのか、それが楽しいんですよね。
鍋谷●部品を交換する必要はなく、塗装を剥がす必要もない。手軽にできて、印象がガラっと変わるカスタムがピンストです。タンクにラインを描く方法もあれば、オイルタンクやフェンダーなどスペースさえあればどこにでも描くことができます。厳しくなってきた規制も関係ありませんから、自由な発想で気軽に楽しむことができる、それがピンストの魅力です。最近はカスタムショーの会場にもだいたいピンストライパーのブースはありますから、機会があれば覗いてみてください。
私の地元兵庫県で活躍する鍋谷さん。ピンストライパーはアーティストだと思っていたので、気難しい方かな、と思いきや。笑顔の絶えない“いかにも関西人”な人だったので一安心。過去にピンストを入れた作品の話を聞いていると小学生のランドセルにもピンストを入れたことがあるのだとか。そんなモノものにもピンストを入れてもらえるんだ、と少々驚く私に「将来有望な小学生ですよ」と鍋谷さんは笑顔で話してくれた。ピンストライプって堅苦しいアートじゃないんだな。多くの人がピンストに夢中になるワケが少しわかったきがした。誰でも楽しめ、あらゆるモノがキャンバスになる身近なアート。それがピンストライプなのだろう(ターミー)。