WESCOというブーツメーカーを知っているだろうか。世界最高峰のワークブーツを製作する、90年以上の歴史を誇るアメリカのメーカーだ。今回紹介する「CYCLEMAN」代表 岡本さんは、そのWESCOを日本で広めた第一人者である。WESCOがまだ日本で知られていなかった頃からその製品に惚れ込み、今やWESCO JAPANの代表者となり、我々にブーツの持つ魅力を伝えてくれている。ハーレー乗りに限らず、バイク乗りから大きな支持を受けているWESCOとは何が優れているのか。WESCOの伝道師であり、日々パンヘッドで大阪の街を駆け回る岡本さんに話を伺ってきた。
岡本●10代はサーフィンに夢中になっていて、サーフボードを運ぶための足として原付に乗っていました。大きなバイクは人から借りて乗るくらいで、それほどバイクに夢中になっていたわけじゃなかったですね。でも、高校を卒業してアメリカ村(大阪の若者のファッションの中心地)のアパレル店で働くようになってからはバイクに触れる機会が増えました。仕入れでアメリカを訪れるようになり、スワップミートやヴィンテージバイクのショップにも顔を出していましたから。だから、バイクにはずっと興味はあり、どんな車両が好みなのか、じっくりと考える時間はありましたね。
岡本●4年ほど前からですね。ずっとパンヘッドかナックルヘッドが欲しいとは思っていたのですが、程度のいいヴィンテージバイクを見すぎたせいか、中途半端に妥協したくありませんでした。出物が見つかるまで気長に待っていたんですよ。たまたま船場さん(大阪の老舗ヴィンテージハーレー販売店)を訪れたときに、この1948年式FLが売りに出ていて、一目見て気に入りすぐに購入しました。
岡本●ワンオーナー車だったんですよ。ハーレー以外のどんなジャンルでもそうなんですが、ヴィンテージの世界ではワンオーナーモノはまず出てきません。見つけたら迷わず手に入れないと後で後悔するんです。パッと見てかなりのオーラがありましたし、これを逃す手はなかったですね。
岡本●乗らないと意味がありませんから。雨の日だって気にせず走っちゃいます。バイクは美術品ではないので、置いておくだけなら本来の役割を果たしているとは言えません。ヴィンテージブーツもそうですが、僕は手に入れたモノはしっかりと使いたいんですよ。
岡本●このパンヘッドは手を入れたいと思いませんね。このままの状態で何とも言えないオーラがありますから。そういうモノは何も触らなくてもいいんですよ。プロに定期的に整備をしてもらって、調子よく乗っていくだけで満足です。カスタム車両に興味はあるのですが、それは別のバイクでいずれ作ってもらって楽しめばいいかな、と思っています。
岡本●去年から居合い道をはじめました。僕はもともと飽きっぽい性格のはずなのですが、楽しくてやめられません。最近初段を取ったので、そろそろ真剣を手に入れようかな、と思っています。ブーツやハーレーの世界と同じく、この世界も奥が深くて面白いんですよ。
岡本●普段からアメリカンカルチャーに囲まれているからこそ、和の文化を求めてしまうのかもしれません。海外に出て、いろいろな国のカルチャーに触れていると、日本人としてのアイデンティティを考えてしまうんですよ。日本刀は世界に誇る日本の工芸品ですし、居合いにもずっと興味がありました。肉体を鍛え、精神を鍛え、礼儀作法を学ぶ。これまであまり触れてこなかった“和”の世界なので、非常に新鮮です。
岡本●居合いの道場にたまにパンヘッドに乗って行くのですが、何回か警察に停められたことがありました。日本刀を持って、ハーレーで走っているんですから。でも、刃引き(刃の部分が研がれていない、切れない刀)している刀ですから問題ありません。古いハーレーと日本刀って意外と似合うんですよ(笑)。
岡本●そう。アメリカ村が今のようなオシャレな街ではなく、多くのお店がフリーマーケットで洋服を販売していた頃に、あの街で働きはじめました。兄がアメリカ村でアパレル店を経営していたんです。それを手伝いはじめたのが、ファッションの世界に入ったきっかけでしたね。
岡本●夢を持った若者がたくさん集まっていましたから、街自体がエネルギーに溢れていましたね。テントのお店がちゃんとしたお店を構え、どんどん新しいお店が増え、人が集まる。街が成長していく姿を自分の目で見ることができたのはいい経験だったと思います。当時は今のように情報が豊富な時代ではなかったので、ファッションに敏感な人は、みんなアメリカ村に集まってきていたんですよ。
岡本●昔から服が好きでしたけれど「好きな服が着られ、女の子にモテる」それが強かったかな(笑)。それに、兄が経営していたお店に最初は勤めたので、たまに長期の休みをもらって海外を放浪することもできたんですよ。高校生の頃から「いろいろな国のカルチャーに触れたい」と思っていて、アメリカやアジアなどを訪れては長く滞在し、地元の人に溶け込むような旅を楽しんでいました。
岡本●仕入れに携わるようになったは、次のお店に勤めてからですね。兄が両親の家業を継いだため、同じアメリカ村で兄の友人がやっていたお店に移ったんです。しばらくすると、古着やヴィンテージジーンズの人気が高まってきて、仕入れのためにアメリカを訪れるようになりました。何度もアメリカを訪れ、顔見知りの人が増えると「あそこに行けばこんな服があるよ」と教えてもらえるようになります。みんなと同じトコロで服を探してもイイモノはありませんから、地図を頼りに2週間で8000kmも走ったこともありました。日本人が訪れないような街まで旅をしてモノを仕入れていましたね。
岡本●せっかくアメリカに行くわけですから、自分のモノも探しちゃいますね(笑)。昔からブーツが好きだったので、仕入れのときにヴィンテージブーツの出物を見つけては購入していました。当時はまだヴィンテージブーツを集めている人なんてほとんどおらず、集めやすかったですね。WESCOに限らず、いろいろなブーツメーカーのモノを手に入れましたが、モノの良さに驚かされたのがWESCOでした。新品のときより、履き込まれてからの方が革の質や作りの良さはわかりやすいのですが、WESCOは戦前のモデルがそのまま履けてしまうほど。観賞用にしかならないブーツが多い中で、品質の良さには驚かされました。それからです、僕がWESCOに惹かれるようになったのは。
岡本●販売されていましたが、ほとんど世の中には出ていなかったですね。いいブーツをリペアしながら履き続けるカルチャーはまだ日本にはありませんでしたから、価値のわかる人も少なかったようです。当時、日本で販売されていた一流ブランドのブーツでさえ、海外で生産されたモデルをそのまま輸入して販売していました。日本人と欧米人では足の形が違うので、そういうやり方では足にあったブーツを手に入れることはできないんですけれどね。
岡本●日本人はもともと農耕民族型です。田畑を耕すときに足で地面をグッと踏みしめるため、幅があって甲が高い。欧米人は狩猟民族型で、駆けたり馬に乗ったりするから足が細く、甲が低いんですよ。そのため、欧米人向けに作られたブーツを履いても足に合わず、疲れやすかったり、足が痛くなったりするんです。ウチにはWESCOのブーツを履いて富士山を登ったスタッフがいますが、本人の足に合わせ製作したブーツなら足に負担がかかることはなく、むしろ足を守ってくれるんです。
岡本●ブーツ文化がまだありませんでしたからね。それに、ブーツを取り扱うお店の人も流行がどんどん変わるので、その時々に売れるモノを仕入れていました。1つのモノの良さをじっくり伝えていく環境がなかったんですよ。
岡本●アメリカ本国からも「日本は岡本に任せるから」と言われ、Wesco Japanを立ち上げました。まずWESCOのモノの良さを広めるところからスタートし、今ではパーツの取り換えやソール交換なども日本で行える体制を整えました。
岡本●WESCOは流行などで消費されるブランドではありません。履く人のライフスタイルや生活環境に合わせてカスタムメイドできる、人生を豊かにするブーツです。新品でお客さんに渡したときはまだ完成していませんからね。足に馴染むまで何ヶ月もかかり、そこからやっと真の良さがわかるブーツです。WESCOのブーツを見て造形が美しいと思う人は多いですが、それは“デザインされた美しさ”ではありません。“機能美”です。そもそもは一日中山を歩くロガー(木こり)のために作られ、頑丈で安全性も高いことから多くの労働者に支持されてきたのがWESCO。最高峰の品質を持ったワークブーツであり、見かけだけの観賞用のブーツではなく、しっかり足元を保護し支えてくれるリアルなワークブーツです。
岡本●バイク乗りがブーツに求めるレベルは非常に高いものがあります。雨に打たれたり、埃にまみれたりする環境で傷むようではダメ。万一、事故に遭ったときにも足を守ってくれるほどの丈夫さも求められる。しかも、リペアすれば長く履き続けることができる。この厳しい条件を満たすブーツはなかなかありません。バイク乗りがWESCOを選んでくれるのは不思議なことではなく、イイモノを求めていれば必然的に辿りつくのです。過酷な環境にも耐え、足元を支えるブーツとして、WESCOを選んでくれる人が少しずつ増えてきています。アメリカでWESCOに出会い「ワークブーツ文化を日本にも広めたい」、そう思ってやってきたことが実りはじめた気がします。
岡本さんに話を聞くまでは、ブーツは歩くのには向かない靴だと思っていた。過去に何足かのブーツを履き潰し、そう思い込んでいたのだ。「スニーカーの方が気軽で楽」と、最近はブーツを履く機会も減ってきていた私だが、今回のインタビューをきっかけにブーツをもう一度見直してみることにする。取材後に一足のブーツをオーダーしたのだ。岡本さんに私の足のサイズを計測してもらい、オーダーシートはすでにアメリカに送られているはず。じっくりと時間をかけ製作されるので少し待たないといけないが、夏ごろには私だけのブーツがアメリカからやってくる。体重をかけ、歩き回り、自分の足にブーツを馴染ませられるのは…次の冬頃だろうか。岡本さんが惚れ込むWESCOの良さ、それを早く味わってみたくて仕方がない。あれだけの情熱を注ぐ人がいるWESCOブーツなら、きっと私の期待を裏切らないはずだ(ターミー)。